エリザベス・ウォレン民主党上院議員によるISDS条項を批判する記事です。少し前の記事ですが、ISDS条項を含むTPPの危険性がわかります。
※わかりやすさを考慮し、一部意訳しています。(翻訳:荒井潤)
TPP条項に、みなで反対しよう!
エリザベス・ウォレン 民主党マサチューセッツ選出上院議員
ワシントンポスト 2015/2/25
アメリカは、メキシコ・カナダ・日本・シンガポール・その他7カ国と共に進めてきたTPP交渉の最終段階にある。誰がTPPから恩恵をこうむるのか? アメリカの労働者か? 消費者か? 小規模事業者か? 納税者か? それとも、世界でもっとも巨大な一群の多国籍起業達か?
その答えを考えるうえでのもっとも説得力のあるヒントは、しっかりと守秘されているTPP草案の小さな活字の中に隠されている。そのヒントは『国対投資家の紛争解決』すなわちISDSと呼ばれる条項で、それはますます貿易協定の共通の特徴となりつつある条項だ。その名前はマイルドに響く。が、騙されてはいけない。この大ボリュームのTPP協定の条文の中のISDSに同意してしまったら、そのことによって、アメリカの対外国企業紛争解決の場は巨大多国籍企業に有利なはるかに遠い場へと突き出されてしまうだろう。更に悪いことには、それに同意することによって、アメリカの国家主権は蝕まれるだろう。
ISDSは、海外の企業がアメリカ法に異議を申し立てることを許し、それらの企業がアメリカの法廷を全く関与させることなく、アメリカの納税者から多額のお金をせしめることを可能にする。ISDSは次のように機能する。アメリカ政府がしばしばガソリンに添加物として混ぜられている有害科学物質を、それが健康や環境に有害な結果をもたらすという理由で法律を作って禁止するケースを想像して欲しい。その有害科学物質を作っている海外の企業がその法律に反対した場合、通常はアメリカの裁判所でその法律に反対しなければならない。しかし、ISDSに基づくならば、その企業はアメリカの法廷をスキップして、国際仲裁機関に訴えることができる。そこでその企業が勝てば、アメリカ政府はその仲裁機関の裁定についてアメリカの法廷で争うことはできない。そして、その仲裁機関はアメリカの納税者に対して、数百万ドル、あるいは数十億ドルも、損害賠償金として、不本意でも支払わせることができる。
その危険性を知ってショックだったら、気を引き締めて対処して欲しい。ISDSは巨額の罰金支払いという結果をもたらしうるのに、裁判官の独立という意味での、独立した裁判官による審理と裁定は望めない。その代わり、多額の報酬で雇われた企業弁護士がある日企業の代理人として活動したかと思うと次の日には判事の椅子に座るだろう。そういうことは、二つの企業間の仲裁なら道理に叶うのかもしれないが、企業と政府間のそれの場合は道理にかなうとは言えない。もしもあなたが多額の報酬をくれる企業のクライアントを確保し続け、ひきつけたいのだったら、あなたは、判事の椅子に座った時に、そういった企業に敵対するような裁定を下すようなことをする可能性がどの位あるだろうか?
もしも「巨大企業に有利な場への突き出し」という表現が具体的にどういうことを意味しているのかいま一つはっきり見えないのだったら、「この特殊な法廷を利用するとしたらそれは誰か?」を考えてみて欲しい。それは国際投資家であり、そういう国際投資家は大体において大企業だ。だから、もしもアメリカ国内で企業活動をしているベトナムの企業が、アメリカの最低賃金の上昇に待ったをかけたいと思ったら、その企業はISDSを利用することができる。しかし、もしもアメリカの労働組合が「ベトナムは同国の企業に対して、Trade Commitment(貿易公約?)に違反して、奴隷賃金を払うことを許している」と確信しても、同組合はそのことをベトナムの法廷に訴えなければならない。
この異様な装いの偽の法廷は何故作られたのか?アメリカの司法システムに何か間違った点はあるのかといえば、実質的に、それはない。しかし第二次大戦後、投資家たちの中には、その国の法システムを自国のそれのようには信頼できない開発途上国でお金をドブに捨てることを懸念する者たちがいた。彼らは、企業がある日ある国に作ったプラントが、その次の日には独裁者に接収されるのを指をくわえて見ているしかないような事態を懸念した。不十分な法システムを有する国への海外からの投資を促進するために、アメリカやその他の国々は貿易協定にISDSを入れることを始めた。
そういう理由は、過去には道理にかなったかもしれないが、もはや道理に叶わない。ほとんどのTPPの国々は不十分な法制度しか持たない新興経済の国ではない。日本やオーストラリアはとても発展し、とても信頼できる法システムを持っている。そして多国籍企業たちはそういったシステムを日々ナビゲートしている。(=操縦している。道案内している。それに関する議案を議会通過させている。)しかしまた、ISDSはそれらの国々の法廷にとって代わる。そして、そうなれば、政治的により高いリスク(投資リスク)のある国々が存在する範囲においては、市場原理が問題を解決できる。財産権と法の支配を尊重する、アメリカのような国々はもっと競争的になるべきだ。そして、もしも企業が不十分な法システムの国に投資したいなら、ポリティカル・リスク保険(非常危険保険)を買うべきだ。
ISDSの利用件数は世界中で増えている。1959年から2002年までの間では、ISDSに基づく請求は世界で100件に満たなかった。しかし、2012年だけで、58件のISDS請求があった。最近のケースとしては、フランスの企業が、エジプトが最低賃金を引き上げたという理由でエジプトを訴えたケース、スウェーデンの企業が、ドイツが日本の福島原発事故後に脱原発を決めたという理由でドイツを訴えたケース、それから、オランダの企業が、その企業が部分的に保有している銀行に対してチェコ政府が財政援助をしなかったという理由でチェコを訴えたケースが含まれる。アメリカ企業もまた、ISDS提訴に加わっている。フィリップ・モリスはISDSを使って、ウルグアイが喫煙率を下げるための新しいタバコ規制を強制することをやめさせるため、ISDSを使っている。
ISDSの提唱者たちは「今のところ、ISDSはアメリカを害していない」と指摘する。そして、我々アメリカのTPP協議担当者(彼はTPPのテクストを公にシェアすることを拒んでいる)は「TPPは、公の利益になる規制を行うアメリカの権能を保護するより大きくよりよいバージョンのISDSを含むだろう」と我々に請合った。しかし、ISDS提訴が激増し、ますます多くの多国籍企業がアメリカ国外に本社をおきつつあることから言って、ISDSに基づく異議申立がアメリカに深刻なダメージを与えるのはもはや時間の問題にすぎない。恐らくすべてが悪い方向に行くだろうという前提の上で言えば、アメリカの法システムを複雑で不必要な他の選択肢で置き換えるのは実に悪しきアイディアのように思える。
これは党利党略を超えた問題である。アメリカの主権を信奉する保守主義者は「ISDSを受け入れたら、その権威が我々の憲法に由来するアメリカの法廷の司法権は奪われ、それが信頼に足りない国際仲裁機関に委ねられてしまう」と憤激すべきだ。自由主義者は「ISDSが発効したら、それは不十分な法システムの国々に、際限のない納税者補助金を提供するだろう」と怒るべきだ。進歩主義者は、巨大多国籍企業が雇用や環境のルールを骨抜きにすることを許すISDSに反対すべきだ。
外国の企業に、我々の法システムの外で我々の法に異議を申し立てる特権を与えるのは、悪しき協定だ。もしも最終的なTPP協定が『国対投資家の紛争解決』(ISDS)を含んでいたら、多国籍企業だけが唯一の勝者となるだろう。
(翻訳:荒井潤)