tpp_201012

今回提訴した「種子法廃止等に関する違憲確認訴訟」では、種子農家、一般農家、消費者という三者の立場から種子法による地位の確認を求め、主要農作物種子法(以下、種子法)廃止による被害を訴えている。山形県で種子農家を営む菊地富夫さん、栃木県で有機の米農家を営む舘野廣幸さん、生活協同組合パルシステム東京顧問の野々山理恵子さんの3人に、原告としてのそれぞれの思いを聞いた。

国民を見捨て、企業を守る「種子法廃止」

菊地富夫(以下、菊地) わが家は昭和30年頃、種子法に基づいて親父の代から種子を作り始めました。それからずっと地域として、矜持を持って種子作りを続けてきたつもりです。しかし、今回の種子法廃止は、それが国から「要らない」と言われたのも同じでした。

 私のいる山形県では県条例(※)ができたので、まだ大きな変化はありませんが、県の財政も厳しいなか、今後も種子に関する予算がとれるのだろうかという心配は強くあります。公的な支えが削られれば種子価格の高騰は避けられません。仕入れ価格が上がれば、生産を諦める農家も出て来るかもしれない。そうなれば、私たちの仕事もなくなります。

 一体どんな根拠で種子法を廃止したのかを、原告として国から直接聞きたい。その答えは「この国が、国民の命をどういう風に思っているのか」ということにつながるはずです。

山形県で種子農家を営む菊地富夫さん

山形県で種子農家を営む菊地富夫さん

館野廣幸(以下、館野) 私は一般農家として原告になっています。栃木県で有機栽培の稲作をして30年ほど。有機栽培農家は、種子も有機のものを使うことが求められます。私の農場で米を作るときは、自家採種した種もみ(稲種)と、有機栽培用の種子の採種ほ場として栃木県から指定を受けた「NPO法人民間稲作研究所」が生産した種もみを使用しています。購入した種もみも使用するのは、自家採種のみで代々続けていると品質維持が困難になるからです。

 種子法廃止で企業など民間事業者が種もみを供給することになれば価格が上がるでしょうし、自家採種だけでやろうとすれば、指定ほ場並みに厳重な管理が必要になります。どちらにしても非常に高いコストがかかる。

 国は農家に人数を減らして大規模化するように求めていますが、種子法廃止もその流れの一つ。地域では農家をやめる人が増えています。環境を壊さない有機農業はこれから世界的にも重要になってくるのに、種子が手に入らなければ何もできません。法律は国民を守るためにあるものなのに、種子法廃止は国民を捨てて企業を守るようなものです。

栃木県で有機稲作を営む農家の舘野廣幸さん

栃木県で有機稲作を営む農家の舘野廣幸さん

野々山理恵子(以下、野々山) 私は今回、ずっと活動してきた生協の立場と消費者としての立場、それから母親としての立場で原告になっています。原告になった一番の理由は、命に対する不安から。パルシステムは母親たちが中心となって作られた生協で、子どもたちに安心して食べさせられる安全な食べ物を確保するだけでなく、将来的にも飢えることのない環境を作っていくことも重要だと考えています。

 しかし、この種子法廃止には、今後子どもたちが十分な食料を得られないような状況を生み出す可能性があるのではないかと感じています。種子法廃止の背景にあるTPP協定の第2章24条には、締約国は食料危機を防ぐために食料の輸出を前日までの通告で禁止することができるとあり、非常に不安を覚えます。

 さらに生協としては、これまで取引をしてきた農家が打撃を受ける可能性があり、それは安全な品質の食品を組合員に供給できなくなることにつながります。自由主義的な農業によって品種の単一化が進めば、農作物の多様性が失われて消費者の選択の機会を奪うことにもなります。

 十分な食料の確保には、国内自給率の向上が大切です。何より作ってくれる人が必要ですよね。種子法廃止の影響で、農業従事者がさらに減るのではないかと危惧しています。実際にインドでは、公的種子の予算が削られた結果、多国籍企業の遺伝子組み換えコットンの種子が広がって価格が上がり、農薬で土地も疲弊して、多くの農民が自殺に追い込まれたと聞いています。

生活協同組合パルシステム東京顧問の野々山理恵子さん

生活協同組合パルシステム東京顧問の野々山理恵子さん

命をつなぐ育種と利益目的の育種は分けるべき

菊地 私の周りでも農家をやめる人が増えています。だから自然と農地が集まってくるんですよ。規模を拡大した農家がどうするかというと、手が回らないから土地を「ケミカル漬け」にしてしまう。農薬や除草剤を使わないとやっていけないからです。

 農家だって積極的には農薬は使いたくありません。でも、規模が大きくなれば省力化に向かわざるを得ない。私は遺伝子組み換えには大反対ですけど、「楽になるならしょうがない」という人が増えていく可能性がある。この国は、わざとそういう風にしようとしているのではないかという気さえするんです。

 私のところは田んぼから出たわらやもみ殻を利用して、牛ふんを堆肥として田んぼに使う循環型農業をしています。でも、もし大規模型の民間事業者が参入してくれば、こうした生産体系も維持できなくなるかもしれません。

野々山 TPP協定には、遺伝子組み換え作物の貿易協力を促進するという内容もあります。種子法廃止がTPP協定から派生してきていることは、政府側の答弁書にも明記されていることです。TPP協定に沿ってなされた種子法廃止は、遺伝子組み換え種子の輸入に道を開くものではないでしょうか。そもそも企業の目的は、株主の利益です。そういう性質の企業に私たちの命に直結する種子を委ねるのは、すごく怖いことです。

菊地 今回のコロナ禍でも分かったように、やっぱり国の機関が果たす役割は大きいわけですよね。例えば民間病院があれば公立病院はいらないのかというと、そうではない。命をつなぐための育種と、利益のための育種は分けて考えたほうがよい。民間事業者が種子を作るのがいけないとは思っていませんが、国民の命を支える主要作物の種子が利益目的になってはダメだと思います。

野々山 野菜の種子の9割がすでに海外生産ですが、新型コロナの影響で人の往来が難しくなっている現在、出張して生育状況の確認をすることができないため優良な種子が不足しそうだという新聞報道がありました。種子法が廃止された今、同じことが主要農作物にまで起きかねません。「みんなが十分に安心して食べられる食料を確保する」ことに対して、将来的な不安を与える種子法廃止に対しては、断固として反対の立場です。これは私たちの「食料の権利」として、訴えていきたいです。

食の権利と地域を守るための農政を

館野 国は、農業をほかの産業と同じように考えていて、ケミカルでも遺伝子組み換えでも何でもいいから生産効率を上げようという方向に進んでいる。この考え自体が、農業を理解していません。農業の本来の目的は「国民の命を守ること」。そのためには、生産量を増やすことではなく、一定の生産量を安定的に確保することが重要です。

 農業は自然の恵みで成り立っているものですから、無理に増やそうとすればひずみが生まれて環境が破壊され、逆に経済被害がでてしまう。国には、食料を安定的に生産して、いかに平等に分け与えられるかを、農政の基本にしてほしいです。

菊地 本当にそうです。すでに大規模農家や法人格を持つ農家にしか補助金が出ない仕組みになってきていて、小さい兼業農家が小さいままで生き延びる術がありません。しかし、農家が減るということは、地域の文化まで含めた資源がなくなるということです。私の地域(旧村)は100haくらいの広さで、昔は4軒に1軒は農家だったんです。でも、それが今は10軒足らず。

 国は、100haなら農家一軒で足りると言います。一軒の農家になったら、おそらく外国から来た労働者が5人、10人働くような形になるでしょう。そういう「強い農家」をつくって、土地をケミカル漬けにすることに、一体どんな意味があるのでしょうか?

 山は川を作り、川は海を育てるといいます。私のところでは山が荒れたために、水田に砂が入って来るようになりました。昔は山の手入れも農家の仕事だったのですが、そういうことも含めて村全体が壊れていっています。

 農民をいかに増やすか、地域をどう守るのかという視点がないままに、農業の経済効率だけを考えて進んでいるこの国のありようは、とても危険です。今回の裁判で、この国の農業に対する考え方を明らかにしたいと考えています。

野々山 農家のみなさんと一緒に、生協や消費者も仲間として手を携えて闘っていきたいと思います。種子法廃止が進む先は、生態系を破壊する大規模農業です。地球の資源には限りがあるのに、それを全部使ってしまったら次の世代は生きていけない。国連など世界的な動きは家族農業や小農の権利を守る方向に向かっています。その流れに日本が遅れていることを今回の裁判でも明らかにしていきたいです。

※:種子法廃止を受けて、2018年10月16日に「山形県主要農産物種子条例」が施行。条例に基づき、山形県は指定種子生産ほ場を指定する。

プロフィール

種子農家
菊地富夫

(きくち・とみお)
山形県西置賜郡白鷹町で種子農家を営む。水稲採種ほ場を約6ha所有。父親の代であった65年前に、山形県から採種ほ場として指定(指定種子生産ほ場)。ほ場の肥料のために牛約40頭を飼育し、牛の飼料米用の農地として約2haを所有。1976年頃に父親より受け継ぎ、現在は20代の息子と3代にわたって種子農家を続けている。

一般農家
舘野廣幸

(たての・ひろゆき)
栃木県下都賀郡野木町で「館野かえる農場」を営む。米、小麦、大豆などを、化学合成肥料や農薬、遺伝子組み換え技術などを使用しない有機農法にて耕作する。米は自家採種した種もみ(稲種)と、種子法に基づいて日本で初めて有機栽培用の種子の採種ほ場として栃木県から指定を受けた「NPO法人民間稲作研究所」が生産した種もみを使用している。

消費者
野々山理恵子

(ののやま・りえこ)
東京在住。生活協同組合パルシステム東京顧問(訴状提出時は理事長)。子どもの誕生を機に「安全、安心な食べ物を食べさせたい」との思いからパルシステム東京に加入。パルシステム東京では消費者と生産者を直接結び、消費者には納得できる品質と安全性の確保された食品を提供し、生産者には適正価格での買取りによる収益を保障することで、持続可能な社会を目指している。

参考:「種子法廃止等に関する違憲確認訴訟」訴状(PDF)

原告を引き続き募集中です。詳細は事務局までお問い合わせください。

本記事は、TPP交渉差止・違憲訴訟の会が発行する『TPP新聞vol.13』より転載しました。

Text: Mie Nakamura / Photo: Hirotomo Onodera