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米国在住の国際コンサルタント、トーマス・カトウ氏より、WikiLeaksがリークしたTPP知的財産章の特許部分の日本語訳と、日本法への影響についてのコメントが届きました。

▼TPP(Trans Pacific Partnership)知的財産章、特許(権)
翻訳:トーマス・カトウ(Thomas Kato Associates)
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▼リークされたTPP知的財産章テキスト全文(WikiLeaks)
https://wikileaks.org/tpp-ip3/WikiLeaks-TPP-IP-Chapter/WikiLeaks-TPP-IP-Chapter-051015.pdf

Thomas Kato
Thomas Kato Associates, USA
tokato1@msn.com
Oct. 14, 2015

TPP大筋合意、知的財産権・特許へのコメント

1 前置き

去る10月5日、日米を含めた12カ国で構成されるTPP(トランス・パシフィック・パートナーシップ)貿易協定の骨格が予想外に合意された。

予想外にとは最終的に、米国USTRが「特許」面で予想に反して譲歩したことであった。厳密には特許プロパーでなくそれに隣接する「データ」保護であった。バイオロジー製剤医薬品の治験データ」である。米国の譲歩は現時までに、これまでTPPを支援してきた共和党からもTPP反対の声が出始め、TPP協定の批准に新たな暗雲が加わった。他方で民主党の7−8割は上記譲歩とは関係なく一貫してTPPに反対している。

米国の場合これまでの貿易協定の仕上げは議員の議論を制約するTPA(大統領貿易促進権限法)にもとづいて批准された。議論の国米国ではTPAがないと同審議が果てどもなく続く。TPPをにらんで去る6月に成立したTPAによれば、議会はUSTRが浄書した文書を受け取った後90日以内に賛否の票決をする。大筋合意後始まった正式文書への浄書作業は10月一杯かかりこれに90日を足すと、来年1月末までには議会の表決が終わる。しかしこの90日は法律上の文言ではあるがそれは建前であり強制力はない。実際に生ずる票決は来年の大統領選後になるとの見方が急浮上している。現在のTPPの中身では議会で否決される可能性の方が高く、USTR は再交渉を余儀なくされると見る向きもある。

2 「特許/未公開テストならびに他のデータ」:特許部分のタイトル

このタイトルから分かるようにTPPでは特許事項とその関連データを同時に定める異例なスタイルがとられた。条文数は特許プロパーが9条、データ関係が8条である。

今回の合意書には若干の空白部分がみられる。また正式文書では削られることになる脚注もみられ、同脚注は浄書段階で条文に格上げされる可能性がないでもない。

特許一般

{特許取得可能な対象} 合意書(大筋)は、TPP加盟国は「技術全領域に及ぶいかなる発明であっても新規性、進歩性、産業利用可能性の要件が満たされていれば、物または方法の特許を提供しなければならない」とする。これは特許の基本中の基本文言であり、この表現はTRIPS知的財産協定にも日本特許法にもみられる。もっとも日本法では「発明の定義」が置かれているので形式的には他の二者より厳しい。

{既知の物関連の特許} 既知の技術はそれ自体としては特許が得られない。TPPは「既知の物の新用途、既知の物を用いた新方法、既知の物を用いた新プロセス」が特許対象になることを明言した。つまり、物そのものとその用途を別の出来事とするに至った。TRIPSも日本法も明言してこなかったが、日本では、方法の特許として用途特許がすでに認められているようである。爆薬ニトログリセリンが心臓発作に効くのが用途発明の例になる。また、既知の医薬品が別の症状に効くことが発明になり別の特許が生まれる。これを認めてきた米国では通常、同医薬品の商品名を変えている。

{先願主義} 複数の発明者がそれぞれ離れた場所で発明した場合、特許は先に出願した者に与えられる。TPPはこの点を明確にした。この主義の対極は先発明主義である。米国が最近まで先発明主義をとってきた理由の1つは街の発明家を守ることであった。車の間欠ワイパー、商品外装にみられるバーコードは街の発明家が成し遂げた。この主義は、さしあたっての特許出願費用が手元にない街の発明家が特許を得られなくなるリスクを重視する。TRIPSは先願主義を明言せず、日本法はこれを明言する。日本法は先の発明者が発明内容を実施している限り同実施は特許侵害にはならないとして先の発明者を救済する。

{グレース期間} 特許要件でいう「発明の新規性」は特許出願日での新規性を意味する。これを厳格に適用すると、発明者であってもその発明を出願日以前に公開すると新規性が失われ同発明は特許を得られなくなる。TPPは新規性の判断に例外を設け一定の場合、例えば発明者が特許出願前に特許を受ける権利を公開で販売したり、特許商品を公開の場でマーケッテイングすることが出来るような仕組みを仕上げた。TRIPSにはこの規定がなく、日本法は著しく限られた状況下でのグレース期間を置くにすぎない。

{特許出願手続きの迅速化} かっては日本を含めた先進国でも特許出願時から特許査定時又は拒絶時まで5年以上の期間を要した。TPPは特許出願手続きの迅速化を各国の義務に格上げした。さらに、出願後18ヶ月の出願公開、出願人の早期公開要望の応える規定の整備を加盟国に義務付けた(もっとも前者は努力義務)。「特許手続きは補正手続きなり」と格言されるほど重要な補正の機会についてもTPP加盟国の裁量で1回にしても良いとする。結果的には特許出願人ならびにその代理人にかなりのプレッシャーを与えることになりそうである。TRIPSにはこの規定がない。日本法はすでに出願後18カ月の出願公開、早期出願公開などの規定を置く。補正機会についても2回目の補正の範囲を限定するなどしてその限りではTPP規定から受ける影響はない。

{特許官庁遅延による特許期間調整} 特許出願手続きは場合によっては、審査官数の不足というような特許付与官庁側の事情により遅延する。TPPはまず同事情を斟酌する前に、特許出願日から5年以上、又は同出願審査請求日から3年以上経過した状態を遅延とみなし本来の特許期間である20年を延長させる。例えば特許出願後7年目に付与された特許については2年(7−5=2)の延長期間が認められることになる。その上で同遅延の原因が特許付与官庁に起因しない場合、起因期間を遅延判断から取り除いても良いとする。例えばその原因が出願人側に1年間あったとすれば、上記の計算例では延長期間は1年(2−1=1)に短縮される。TRIPSにはこの規定がない。日本法はTPPの認めるよりも限られた状況下で5年を限度として特許期間を延長する規定を置く。

医薬品のデータ保護

TPPは医薬品以外の製品についてもデータ保護を定めるがここでは問題を医薬品に絞る。

まず医薬品は他の物品と同様にその特許期間を含め特許プロパーからの保護を受ける。TPPがとりあげる医薬品とそのデータ保護をリンクさせる試みはTRIPSにも日本法にもみられない点で画期的である。

医薬品はそれが市販されるために衛生規制官庁の認可を要する。同官庁はそれが特許医薬品であるか否かとは無関係に「安全性」と「効能性」の両面を審査し、審査のための資料を医薬品メーカーが提出した臨床テスト(治験)データに求める。医薬品業界には特許を得た先発品メーカーと同特許期間経過後にパブリック・ドメインになった公知技術を用いて同医薬品の製造を始める後発品メーカーが共存する。

後発品メーカーが同医薬品を市販するには、やはり規制官庁の市販認可を要し、同官庁は同メーカーに「安全性」と「効能性」データ提出を要求する。

ここで、後発品メーカーには2つのオプションが生まれる。1つは先発品メーカーから同データを得ることである。買取り又はライセンスの方法で同メーカーの承諾を得ることである。実際にはこの事例の生ずるのはまれである。もう1つのオプションは先発品メーカーがすでに規制官庁に提出した同データの援用を試みる。援用できれば後発品メーカーは新たな費用と時間を要する治験をしなくてもよくなる。

ところが実務では先発品メーカーが規制官庁に提出した同データは、特許とは関係なく一定期間独立に保護される仕組みになっている。

TPPはこの保護期間を巡る規定を置いた。その中身はやや複雑である。TPPはまず、医薬品を化学物質基盤の医薬品とバイオロジー基盤の医薬品に分ける。

化学物質基盤医薬品については保護期間を市販認可日から最低5年間、バイオロジー基盤医薬品についてはこれを最低8年間とする。さらに後者については一定の状況下で最低5年間、プラス年を加えても良いとする代替方法を規定する。この場合、TPPはプラス年を設けるための要件についてはこれを定めるものの、プラス年が何年間になるかについては各TPP加盟国の裁量に委ねる。

ちなみに上記のうちのバイオロジー基盤医薬品の保護期間については、これまで12年を主張してきたUSTRにとって譲歩以外の何物でもなかった。

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Thomas Kato
Thomas Kato Associates, USA
Oct. 10, 2015

(1)TPP知的財産章、特許部分について

 

去る10月5日、日米を含めた12カ国で構成されるTPP(トランス・パシフィック・パートナーシップ)協定の骨格が合意された。9日になり同合意のうちの知的財産章が非公式に公開された。本稿では同章の一部である「特許」を眺めてみる。

TPP協定の位置付け

TPP協定は1994年発効したWTO協定以来最大の経済連携協定とされ加盟国全体のGDPは世界全体の40%に迫る。この連携協定は法律上の条約であることから同協定が発効するためにはまず、それぞれの参加国内で批准がなされ同批准書が条約寄託国に寄託されなければならない。さらにどれだけの国が寄託すれば協定が発効し始めるかになるが本協定では、参加国全体GDPの85%を満たす複数加盟国が批准書を寄託すれば協定が発効するとされる。

既存の条約との「特許」についてはこれまでにさまざまな国際条約が誕生した。優先日に焦点を当てたパリ条約、他国での特許申請を容易化した特許協力条約、特許の中身に踏み込んだTRIPS条約が典型的である。したがって本協定が掲げる特許につき既存の条約との整合性が問題になる。

本協定は原則的に上記3条約の適用が排除されるものではないとした上で、とりわけTRIPS条約の中身を引き上げようとする。これを受けて本協定は「TRIPSプラス」と呼ばれるに至っている。

特許セクションにみられる特徴

本協定では特許は「セクションE:特許/未公開テストならびに他のデータ」で記述されている。このタイトルから分かるように、これまでの伝統的な形式と異なり本協定は法律上の特許プロパーに焦点を当てるかたわらでそれに関連する行政上の権利保護を定める。そこでの中核は新テクノロジーとして登場したバイオロジーにリンクする権利保護(バイオ医薬品など)である。

特許対象の範囲

本協定は特許対象につき以下の義務規定にみられるようにその範囲を拡大した。

技術全領域に及ぶいかなる発明であっても新規性、進歩性、産業利用可能性の要件が満たされていれば、物または方法の特許を提供しなければならない。QQ.E.1条。

発明が少なくとも次のうちの1つに該当する場合は特許を提供することを確認する:既知の物の新用途、既知の物を用いた新手段、既知の物を用いた新プロセス。QQ.E.1条。

以下の特許対象についてはその例外を定める。そこでは「除外しても良い」なる表現がみられる。したがって例外といえども特許対象になり得ることには変わりない。各国立法府の裁量に委ねられることになる。

当事国は特許可能な発明から公共秩序、公共道徳を保護する必要に関わる自国内の利己的商業開拓を除外しても良い。同必要には人、動植物の生命又は健康を保護するためのもの、自然又は環境へのひるまぬ偏見を防止するためのものが含まれる。QQ.E.1条。

当事国は特許可能な発明から次のものを除外しても良い:人又は動物に関わる治療を目的とした診断、治癒、手術の手段;微生物を除く動物;非生物かつ微生物以外の動物、植物を生産するための本質的生物プロセス。QQ.E.1条。

グレース期間

本協定は特許申請のグレース期間を次のように義務規定とする。

これにより発明者が特許申請以前に発明内容を公開しても特許の新規性に反するとして特許査定が拒絶されることがなくなる。本規定は米国の先発明主義から先出願主義への移行にリンクする面もある。前者の下では公知技術の存在は出願日ではなく発明日が基準になるかたわらで、やはり同日以前の公知技術の存否が問題になるが、先出願主義の下では同技術の存否がいっそう鮮明になる。

本協定でのグレース期間は発明者による特許出願以前の発明マーケテイング活動に貢献する。かって日本で散見されたが、発明者が特許出願日以前に学会などで発明内容を公表したために同発明の特許申請が審査官により拒絶されたという事態もなくなる。

当事国は或る発明が新規性、進歩性を有するかの判断に含まれる次の公知情報を無視しなければならない。

(a) 同公開が特許申請人により又は同情報を特許申請人から直接・間接に得た者によりなされた、; 及び

(b)同公開が当事国領域内で特許申請日前の12カ月以内に生じた。QQ.E.2条。

先出願主義採用

本協定は、改めて先出願主義の採用を以下のように義務規定として定める。

当事国は発明が一人以上の発明者により独立的になされ、かつ同発明に関わる複数の個別申請が当事国の所定当局になされた場合、同申請が出願公開以前に取下、放棄又は拒絶されていない限り、同当事国は特許取得可能で最も早く申請された、優先日があればそれを適用した申請に対して特許を付与しなければならない。QQ.E.6条。

特許官庁遅延による特許期間調整

本協定は特許官庁遅延による特許期間の延長を次のように、ややあいまいに義務規定とする。「最大限の努力義務である」。協定参加国の多くが先進国ではなく特許行政面でのシステム作りを作業中の先進途上国である事実が考量されている。

当事国は不相当又は不必要な遅延を避ける観点の下で、特許申請を適切かつタイムリーに進めるために最大限の努力をしなければならない。QQ.E.12条。

医薬品の知的財産保護

医薬品に関わる知的財産保護は本協定の多国間交渉で最も難航した部分である。

本協定に表れた特徴はバイオロジー基盤医薬品の権利保護を伝統的な特許法プロパーで支援するというよりも、市販の許認可権を有する行政官庁から支援しようとする点である。権利保護のあり方に一石を投じたものであり、この方向性は医薬品以外の分野にも拡大される可能性を秘める。

本協定では医薬品に関わる課題を「サブセクションC: 医薬品/規制産品関連の措置」として掲げる。

バイオロジー基盤医薬品のデータ保護

バイオロジー基盤医薬品のデータ保護でいう「データ」とは、当該医薬品メーカーがバイオロジー含有医薬品の市販認可を得るために行政監督官庁(米国ではFDA)に提出したデータを指す。

同医薬品の特許期間が終了した場合後発メーカーが同医薬品の後発品を製造するのは特許法上何ら問題を生まない。特許期間経過後の技術はパブリック・ドメインとして何人でも利用できる。この点は本協定も至極当然なこととして認識している。

他方で医薬品はそれが後発品であっても、それを市販するためには行政監督官庁に対して同医薬品の安全性と有効性に関わる所定のデータを提出しなければならない。同データは通常「治験データ」と呼ばれる当該薬品の臨床実験データである。

後発メーカーは実務上先発メーカーがすでに監督行政官庁に提出した治験データを援用する。その最大の理由は新たな治験を始めるとすればそこで生ずる費用と時間との関係で同データをタイミング良く得ることが事実上不可能な点に求められる。

本協定はバイオ医薬品のデータ保護期間を基本的に、監督行政官庁による市販認可日から8年間とし、次のように定める。

当事国は新バイオ品保護につき、バイオロジクを含有する新医薬品に関わる同国での最初のマーケッテイング認可についてQQ.E.16.1条及びQQ.E.16.3条準用を実施することにより同国での最初のマーケッテイング認可日から少なくとも8年の期間効果的な市場保護を定めなければならない。QQ.E.20条1.(a)。

さらに本協定は以下のように訓話的な表現を加えた上で、本規定が今後見直されることを暗示する。

当事国は本条の目的に照らし本規定を、最低限、人の疾病又は体調を予防、治療、治癒するために使用されるバイオテクノロジー・プロセス過程で産出されるタンパク質含有又は代替的含有の製品に適用しなければならない。

当事国は新医薬品又はバイオ含有医薬品への国際及び国内規制がその発生期であることと市場状況がやがて展開する認識の下で、全当事国は新医薬品又はバイオ含有医薬品開発への効果的なインセンティブを定め、かつ引き続くバイオシミラーズのタイムリーな利用を促進し、かつ新医薬品又はバイオ含有医薬品の追加範囲の認可につき申請の範囲が国際発展に合致し続けることを保証するという観点の下で、10年後又はTPP委員会による他の判断に従いパラグラフ1が定める排他期間、パラグラフ2が定める申請の範囲を見直すために協議しなければならない。QQ.E.20条。

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