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TPP協定は、国民に十分な説明がなされないまま、2016年2月4日に12か国による調印に至った。昨年11月にテキストが公開されて以降、TPPに強い懸念を持ち続ける市民団体、専門家、弁護士などが「TPPテキスト分析チーム」を立ち上げ、分析を進めてきた。2月5日、都内で報告会を開催し、市民向けの1回目の発表を行った。

▼TPPテキスト分析チーム
TPP協定文分析レポートver.3を公表しました 4月3日に分析レポート報告会を開催します

1.TPP農産市場アクセス(第2章内国民待遇及び物品の市場アクセス章と関連附属文書)

岡崎衆史(農民運動全国連合会・国際部副部長)

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岡崎氏は「TPPにはこれまで日本が結んできたEPAにはない仕組みが存在する」という。TPPの関税撤廃率は95.1%。日本が結んだ貿易協定で過去最高だった日豪EPAの89%を上回った。

それだけでなく、TPPには日本が過去14か国と結んだEPAにも含まれてきた、関税の撤廃・削減をしない「除外」規定が存在しないため、すべての物品が対象となる。そのため今回は関税撤廃の対象にならなかった品目も、将来的に撤廃を迫られる可能性が大きい。

発効後の関税撤廃時期の繰り上げについての協議が協定文に明記されており(第2.4条3項)、7年後に農産物輸出国5か国(アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、チリ)の要請で、関税、関税割当、セーフガードを含む全面的な見直し協議をすることが義務付けられている(附属書二-D・日本国の関税率表・一般的注釈)。
「日本政府はすでに史上最悪の農産物市場開放をしながら、さらなる関税撤廃に向けた見直し協議の約束を、農産物輸出国との間で結んだことになる」と話した。

2.食の安全とTPP(第7章「衛生植物検疫(SPS)措置」、第8章「貿易の技術的障害(TBT)措置」

山浦康明(TPPに反対する人々の運動、明治大学)

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山浦氏は、主に第7章「衛生植物検疫(SPS)措置」、第8章「貿易の技術的障害(TBT)措置」を中心に報告した。
第7章のSPS措置とは各国の安全性確保のためにとる措置のことで、WTOにもあるSPS協定をベースにしているが、このTPPのSPS措置では輸入国が安全性を慎重に考える「予防原則」の考えを排除し、狭い科学主義を乱用すること、また「透明性」という用語に関して詳しい記述があることがその特徴だ。「WTOでは、透明性についてそれほど詳しく書かれていないが、TPPのSPS協定は『透明性を確保する(Transparency)』という言葉が重視されている(第7.13条)。この条文により、自国の安全基準の策定などのルール決定に関して、利害関係者、すなわち海外の事業者と、他の締約国が意見を出すことが可能になっている」と指摘した。

また第8章においても、各国の食品表示の基準などが貿易の障害にならないように、という目的で「透明性の確保」を重視している(第8.2条)。日本政府は、「日本の制度変更が必要となる制定は設けられておらず、日本の食品の安全が脅かされることはない」と述べている。しかし、7章、8章では、このように締約国(特にアメリカ)とグローバル企業が大幅に関与できるようになっている。

山浦氏は「すでに日米並行協議などでアメリカから圧力をかけられていることも注視しなければならない。TPPにより、消費者の権利を奪う流れは加速している」と結んだ。

3.投資(第9章)

三雲崇正(新宿区議会議員、TPP交渉差止・違憲訴訟弁護団)

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本章はA節(実体規定)、B節(ISDS条項)と2つに分かれている。A節は、外国の投資家を受け入れ国がどう保護するかを定めた「受け入れ国の義務」について規定。B節は、投資家と国との紛争解決の手続きを定めている。受け入れ国が投資家を保護しなかった場合に、投資家は国際的な仲裁機関「仲裁廷」に助けを求めることができる。

三雲氏は、ISDS条項においてその仲裁判断をする「仲裁廷」がポイントであると説明。「仲裁廷の裁判官役である仲裁人は、普段グローバル企業をクライアントとする弁護士である場合もあり、その独立性、公平性の問題がある。受け入れ国にとっては、国内の法律上の争いが自国の裁判所ではなく、外国に設置される機関により判断される点で司法権の侵害であるとの指摘も多い」という。

さらに三雲氏は、過去の仲裁事例としてエクアドルの例を挙げた。同国で大規模環境汚染を引き起こした米石油大手・シェブロンに対して、2011年、エクアドル地方裁判所は損害賠償命令を出した。するとシェブロンは仲裁廷に訴え、仲裁廷はエクアドル政府に対して判決の執行停止を命じた。裁判所が出した判決は国家によって執行されなければならないが、この事例では仲裁廷が政府に対してその執行を妨げたのだ。これはエクアドルの国家主権の否定といえる。

「ISDS条項に基づく仲裁ではこのような不当なことが今後も起こりうる。現状の投資章は、近代国家の三権分立を否定し、国の主権を損なうような内容である」と訴えた。

4.金融サービス(第11章)

相沢幸悦(埼玉大学)

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第11.1条では、TPPでいう「金融サービス」を以下の3分野と定義している。①保険業務(すべての保険と保険関連サービス)②銀行業務(商業銀行業務)③その他の金融サービス(証券、投資信託など)である。

「保険を初めに挙げていることがTPPの一つの特徴といえる」と相沢氏は述べた。ほかに11章では16条で「保険サービスの迅速な供与」に関して、サービス提供者によるサービス提供申請手続きの迅速化を推奨している。

「アメリカは10年以上前から日本の保険市場の開放を迫っている。保険は長期にわたり定期的な収入が見込める。日本の保険市場は大きく、その資金を運用してビジネスができる。アメリカがTPPで日本の保険を狙っていることは明らか」と分析した。

また重要な点として、第11.11条のマクロプルーデンシャルに関わる条項がある。マクロプルーデンシャルとは、金融機関全体の安定を確保する考え方である。2008年のリーマンショック後、アメリカ国内の金融機関ではこのマクロ・プルーデンシャル政策が重視され、同危機前よりも厳しい規制が敷かれた。しかし、この金融安定化政策は投資家や金融機関にとっては、投機などの活動の自由度を損なうものである。

「本条項では、マクロプルーデンシャル措置を事実上、萎縮させるような内容が盛り込まれている」という。「これは安全性より投資家や金融機関の自由が優先されたということであり、これにより金融危機が引き起こされる危険性が高まると、アメリカ国内でも多くの批判が出ている。」と述べた。

5.越境サービス貿易(第10章)

内田聖子(アジア太平洋資料センター事務局長)

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本章では主に、教育や旅行など、形のない幅広いサービスを対象に、内国民待遇、最恵国待遇、市場アクセス等の義務が課せられている。それらの義務が適用されない分野、留保する分野を附属書に列挙する「ネガティブリスト方式」を採用している。内田氏は「これは言ってみれば先に除外しておかないとそれ以外は自由化されるということ。重要なのは具体的に何を日本政府が除外リストとして挙げたのか。それらの妥当性を一つひとつ検証すべきである」と述べた。

また、現地拠点要求禁止(第10.6条)により、現地に事業所や現地法人を置かなくても外国の企業の活動が可能になるという。これは、海外進出を狙う企業にとって大きな規制緩和であり、国境を越えたビジネス展開がしやすくなる。

自由職業サービスに関する資格承認については、弁護士などいわゆる士業の資格承認が加盟国間で共通化され(第10.9条)、例えば海外の弁護士が日本で資格を取らずとも、日本でのビジネス展開が可能になることが懸念されていた。現時点では留保となっており実現しないが、本章の中で自由職業サービスが強調されており、未来に自由化することを盛り込んだ形での附属書が作られている(附属書10-A)。

「TPPは発効後も継続的に再交渉や再協議が進められる『生きた協定(Living agreement)』とされている。今後これらの留保が外されたり、国内法が変更される可能性は十分ある」と警告した。

国有企業章(第17章)

近藤康男 (TPPに反対する人々の運動)

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「国有企業」とは何を指すか。その定義については第17.1条で述べているが、具体的な国有企業のリストが存在しないため、区別が難しい。それがこの章の大きな特徴といえるだろう。

近藤氏は「定義に照らせば、病院、金融(開発・国際)、輸送インフラ、放送・通信・郵便などが該当すると思われる。しかし、この中で『病院』が該当するかどうかが曖昧であり、内閣府に質問しているが、はっきりした回答をいただいていない」という。

「TPP発効後6か月以内に国有企業のリストを協定参加国に提供、あるいはウェブサイトに掲載と条文には書かれており(第17.10条1項)、場合によっては2年以上先までリストの内容が明らかにならない。適用対象が明確でないまま交渉し、合意をしたのであれば問題である」と疑念を呈した。

内容を見ると、①無差別待遇、②商業的考慮、③非商業的援助の規制といった言葉が並び、国有企業を民間の事業体と同じ条件下で事業活動を行うことを規定している。

なかでも「非商業的援助の禁止」(17.6条、7条)では、国有企業に対して、特別な優遇金利で貸し出ししたり赤字のとき補填したりすることを禁止している。しかし、遠隔地の病院や交通手段など、破綻させてはならない社会的インフラの確保という点でも、非商業的援助は必要である。

「国有企業は自由貿易協定に含むべきではない。この章は各国の基礎的な社会政策に対する介入を意味しており、決めてはならないことを決めている」と警告した。

7.医療分野

杉山正隆(全国保険医団体連合会理事)

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TPP協定文のうち医療分野に影響を及ぼすのは、第18章「知的財産」、第26章「透明性及び腐敗行為の防止」、第9章「投資」、第10章「国境を越えるサービスの貿易」、第11章「金融サービス」など、多岐にわたる。

杉山氏は「医療はTPPの重要分野の一つであり、日本の公的医療保険制度がターゲットにされようとしている。」と語った。国民皆保険が堅持されるという政府の約束は現時点では守られるが、特許に関わる制度の改悪、民間保険会社の圧力などの問題が懸念される。

第18章「知的財産」では「医薬品の知的財産保護を強化する制度」として、①特許期間の延長制度(48条)(現在の制度では特許出願から販売承認までの期間を含めて特許期間を20年としている。この承認までの期間が「不合理」と認定された場合に特許期間の延長を認める制度)、②新薬のデータ保護期間に係るルールの構築(52条)(バイオ医薬品(抗がん剤やC型肝炎の治療薬など)の新薬について、特許期間延長に追加する形で「データ保護期間」を設ける規定)、③特許リンケージ制度(51条、53条.2)(ジェネリック薬承認時に特許権者に特許権を侵害していないか確認する仕組み)、の3つの制度を導入するとしている。

特許期間の延長に加え、新薬のデータ保護期間を設け、製薬大企業の独占的利益を保障することは、ジェネリック薬企業にとって大きな障壁となる。

「薬価の高騰は大きな問題である。また、保険収載薬の高騰により保険の財源の中で薬価の割合が多くなればその分治療に充当する分が少なくなる。こういった様々な問題もまた、増えていくだろう」と結んだ。

8.知的財産(著作権)(第18章)

内田聖子(アジア太平洋資料センター事務局長)

「今回の合意内容は当初に政府が主張していた内容とは異なり、大幅にアメリカの提案を受け入れたものであり、一言で言えば知的財産の米国化と言える」と内田氏は警告した。

日本が受け入れた提案のうち重要なものを3つ挙げると、①著作権保護期間の延長(現在の50年から70年に延長) 、②著作権侵害の非親告罪化(著作者本人ではなく第三者による告発が可能)、③著作権侵害の法定損害賠償制度の採用(日本の民事損害賠償制度では「実損害」を賠償金としているが、アメリカでは実損害がなくてもペナルティ的な賠償金額を決められる「法定損害賠償制度」を採用(1作品で上限15万ドル))、がある。

「これらは日本にとってデメリットが多く、また自由な表現活動の萎縮などが懸念される。特に③においては日本の法制度にも大きな変容を迫る内容である」という。

国会で日本政府はTPPにもとづく国内法の改正を法案として出すという流れになっている。「今のTPPの状況は、日本は署名はしたが、批准していない状況。そんな中で先にTPPに合わせて国内法の改正をするとは本末転倒である。 今後の国内法の改正にも注意を喚起したい」と結んだ。

9.労働(第19章)

布施恵輔(全国労働組合総連合国際局長)

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労働の章は、英文で13ページと分量も少なく附属書もないことが特徴である。布施氏の分析によると「既存の自由貿易協定などの枠を出るものになっておらず、不当な労働条件防止の歯止めになる内容ではない」という。

冒頭の第1条では、参照すべき国際労働基準として国際労働機関が1998年に採択した「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言(新宣言)」の中核条約4分野8条約(結社の自由及び団体交渉権の実効的な承認、強制労働の撤廃、児童労働の実効 的な廃止、雇用及び職業についての差別の撤廃)に触れている。「しかし各個別の条約番号が明示されておらず、該当する内容の整合性が問題になりにくく骨抜きにされる可能性がある」と布施氏はいう。

また、この4分野8条約はILO加盟各国に最優先の批准を求める、いわば最低限の基準である。しかし日本はこのうち、強制労働の廃止に関する105号条約と、差別禁止を定めた1011号条約をいまだ批准していない。「TPPを批准するのであれば、ILOの未批准条約に関しても直ちに批准すべき」と布施氏は話した。

強制労働の章(第19.6条)においては「強制労働によって生産された物品を購入しないよう奨励する」とあるが、ILOの強制労働廃止条約(第105号)では「すべての強制労働を廃止し、これを利用しない」としており、ILO条約の内容の実現には程遠い内容となっている。

「ILO条約と勧告、その監視機構が積み上げてきた活動を無視したTPPを批准すべきでない」「すでに、残業代ゼロを狙った労基法の改正案や外国人実習生制度の拡大法案などが提出されており、労働法制の規制緩和の先取りといえる動きにも警戒が必要」と警告した。