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2016年2月22日、TPP交渉差止・違憲訴訟の第3回口頭弁論期日に合わせて、公益財団法人生協総合研究所の主催による「日本の農業と食の安全、協同組合の行方~海外の専門家が指摘する影響と問題点とは~」と題するTPPフォーラムが、東京都千代田区の衆議院第一議員会館で開催されました。基調講演した「サード・ワールド・ネットワーク」法律顧問のサーニャ・リード・スミス氏は、TPPが日本の農業・食の安全などの分野に与える影響について問題点を指摘。なかでも日本の市民に大きな影響を与えると思われる事項をまとめて報告します。

【農業】安価な輸入農産物の輸入により、日本の農家は相当不利になる

 農産物を外国へ輸出する際に政府から農家へ支払われる「輸出補助金」は禁止されている(WTOルール)。しかしアメリカでは、多くの「国内補助金」が農家へ個別に支払われており、これはTPPにおいても禁止されておらず、その金額は年間1千億ドルを超える。輸出の有無に関わらず多くの補助金を農家がもらっていれば、仮に生産費を割るような金額で農作物を輸出したとしても、その赤字は「国内補助金」によって補填できるという仕組みになっている。日本はこれまで高い関税を設けることで国内農家をガードしていたとも言えるが、TPPで関税が撤廃または大幅に引き下げられれば、安価な農産物が大量に輸入され、日本の農家の状況は相当不利になるだろう。

【医薬品・農薬】特許期間の延長により、人々のコスト負担が増加する

 ある企業が一つの薬品の特許を独占すると、価格が高くなるということが、これまでの事例でわかっている。HIVの薬の例では、1社が処方薬を独占していた時は年間一人あたりの治療費の薬代が1万5千ドルかかっていた。これが競争にさらされジェネリック(後発医薬品)が出てきた時には、一人あたり年間67ドルに下がったという例があった。

 現在、アメリカ、日本を含むTPP参加12か国における特許期間は20年だが、TPPでは既存の薬品の新しい用途に対する特許が認められる。例えばA群という雑草に効果を発揮する農薬があり、20年の特許期間が続いているとして、同一の農薬が別のB群の雑草にも効果があると認められた場合、B群への適用ということで新たに20年の特許期間が延長される。

 日本では、特許期間は特許出願時点から20年間とカウントしており、特許の審査期間や厚生労働省の安全性などの確認審査期間に時間がかかった場合は「最長5年間の特許期間の延長制度」が認められている。TPPにおいては審査期間が(特許期間の)「不合理な短縮」 と認定された場合、特許期間の延長は5年を超え10年以上となる可能性がある。それにより、長期にわたり製薬会社の特許独占期間が続き、その製品の価格は高止まりしたままになる。これは農薬だけでなく畜産の動物用の医薬品も同様で、農家や酪農家にかかるコストが高くなってしまうという状況が続く。

【食の安全】日本のこれまでの安全基準を壊す規制緩和が進む

 TPP締約国の政府は国際的な標準を重視しなければならない。これは規制が緩い方の基準に合わせ、逆に厳しい基準は軽視されるという内容になっている。特に残留農薬(ポストハーベスト)については、現在の日本の基準と比べてかなり残留量の高い農作物を受け入れることになるだろう。

 衛生基準についても日本独自の規制が弱められる。日本にある規制と同等の効果をもつ、他の締約国の規制や法律を日本は受け入れなければならない。例えば鶏肉の衛生管理について、アメリカだと1羽あたり数秒で塩素処理をする。衛生基準としては目的に対する効果は同じという認識になるので、これを受け入れることになれば日本でも塩素の残った鶏肉を食べなければならない。

 野菜についても、日本では水で丁寧に洗浄するが、アメリカでは衛生状態を保つために野菜の放射線照射の処理をしている。牛肉についても、アメリカは化学薬品をたくさん使っており、化学薬品で衛生処理をした牛肉を受け入れないといけないということになる。

 日本の法律では、サプリメントや食品について、食品添加物についてはもちろん、何がどれだけ入っているかということを表示しなければならない。この表示義務に対し「企業秘密としての処方を開示してしまうことになるため、問題である」とアメリカが異議を唱えている。「貿易の技術的障害(TBT)措置」の章が実際に発効すると、日本はこれ以上厳格な表示を義務付けられなくなる。

 業界の団体がみずから試験機関を認証できるようにもなる。例えばタバコ会社が「タールの有毒性について」の試験をするとき、それがタバコ会社の息がかかった、利益相反のあるような研究室での試験結果だとしても我々は受け入れなくてはいけない。

【輸入措置】緊急時においても日本独自の判断・対応ができなくなる

 遺伝子組み換え作物の輸入に関しても、日本独自の規制が弱められる。例えば米や大豆に少量の遺伝子組換えのものが混入していることがわかった場合、日本はどういった対応が取れるか。TPPの仲裁廷が適切であると判断した対応でない限り、日本独自の判断でその作物を返送したり輸入を止めたりすることができない。

 例えばアメリカで狂牛病の牛が1頭発見された場合に、緊急的にアメリカからの全年齢の牛肉の輸入を止める、ということができるのか。日本の法律ではできたとしても、緊急的措置を取る例外的に認められる条項の条件を満たさなければならない。そのためには人間、動物、植物にとっての必要性を証明せねばならない。緊急措置の必要性の証明というのが非常に厳しく、WTOの例ではこの必要性を証明しようとして、75%のケースで証明ができない、認証されないという事態が起きている。

【ISDS条項】日本がアメリカの投資家に訴えられる可能性は大きい

 TPPが発効すれば、日本はアメリカと結ぶ貿易協定の中で初めてISDS条項のついたものを経験することになる。アメリカ以外のいくつかの国とはISDSを含んだ協定を結んでいるが、今後アメリカの投資家からの申し立てに初めて晒されることになる。アメリカの投資家は、非常に多くの分野で日本の規制や慣行などに問題があると指摘している。ということはTPPが発効したら日本政府を訴える可能性がある。ドミニカ共和国の例では、ISDSのついた協定を結ぶのを待っていたかのように、協定が発効した2週間後にアメリカの投資家がドミニカ政府に対して申し立てをした事例があった。

 ISDSについてはたくさんの懸念があるが、過去のISDSのケースで問題になったのは「差別的待遇」という点である。例えば、共済が運営している保険と一般の保険会社の保険を差別してはいけないという意見。これについてはアメリカの民間保険企業が、共済の方が有利な条件を与えられている、これは差別的待遇であると主張している。他にはアメリカの豚肉業界が、日本が日本の養豚業者に与えている経営安定対策事業(いわゆる豚マルキン)の拡充が問題だと言い始めた。そのために我々の利益が下がっていると主張し始めている。これらはISDSで日本が申し立てをされる一つの可能性が既にそこにあると言えるだろう。

【認証手続き】アメリカの要求に沿うよう、国内法の変更まで要求される

 現在、かなり多くの部分で譲歩したTPPの条約文ができている。加えてさらなる譲歩を引き出されるのが認証(サーティフィケーション)手続きである。これは、アメリカが自由貿易協定を結ぶ際、議会承認後に相手国の国内法や商慣習が貿易協定に相応しいかどうかを審査するシステム。相応しくないとアメリカが判断した場合、相手国はアメリカの要求に沿うように変更を加えねばならない。

 アメリカは2003年以降、自由貿易協定の相手国に対して様々な要求をしてきた。2006年に調印したペルーとの自由貿易協定の中では、署名後にアメリカはペルーの国内法(環境および労働等に関する法案)を書いて提出してきた。これを一言一句変えずにペルーの議会で通過させ改正しなければこの自由貿易協定を発効しないと迫り、ペルー政府はそれを受け入れ、うちいくつかの法案の変更を行ったのである。

 TPPにおいてもこの認証手続きの中で、アメリカが各条項を都合よく解釈した上で、日本の法律や規制に対して圧力をかける可能性は高い。このような認証手続きの段階を、日本はこれから数年間対応しなければならないことになる。今後の認証プロセスの中でこういったことが起きたら、日本の政府はどういった対応をするのだろうか。

サーニャ・リード・スミス(Sanya Reid Smith)
スイス・ジュネーブ在住。国際連帯組織「サード・ワールド・ネットワーク(Third Word Network)」のリーガル・アドバイザー兼シニア・リサーチャー。27のTPP交渉ラウンドに利害関係人として参加し、TPPの法律、政策及び経済、また参加国の社会に与える影響を分析してきた。

Text / Ayumi Uchiyanagi

▼本講演の動画はIWJでご覧いただけます。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/288357

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