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2016年4月11日、TPP交渉差止・違憲訴訟の第4回口頭弁論期日が行われ、原告側は農産物、政府調達、国有企業、著作権について陳述を行いました。当日の報告会から、農産物の影響試算について陳述を行った、原告で呼びかけ人の鈴木宣弘東京大学教授の報告をご紹介します。

「これは農業問題ではない。食料政策が崖っぷちに来ている」

東京大学大学院教授
 原告 鈴木宣弘

 今日は意見陳述ということで、裁判長からは「2分で」と言われましたが、何とか5分はしゃべりたいなと思っていましたので、続けましたら「止めろ」と言われませんでしたので、何とか5分しゃべりました。これだけしゃべれるようにするだけでも弁護団のご尽力があったということですので、感謝しております。

 私が申し上げたのは、政府のTPPの影響試算の分野です。これは私の専門分野ですので、そのインチキさ加減について、具体的に話をしました。まず、日本経済全体のGDPへの影響試算(2013年3月、内閣官房)は、最初に全面的関税撤廃の時が3.2兆円の増加と言っていたのが、今回、同じモデルで試算(2015年12月、内閣官房)したものが13.6兆円の増加へと、4倍以上に膨れ上がりました。農業への打撃については、4兆円の減少と言っていたのが、今回は1,500億円の減少へと、20分の1以下に縮小されました。これは大変な意図的な数字操作をしたとしか思えない。非常に明らかな数字操作です。

 何をやったのか。最初の3.2兆円の試算も、実は水増ししています。例えば、お米の値段が10円下がると、生産コストも勝手に10円下がるという生産性向上効果を勝手に置き、それでやっと3.2兆円にしていた。それが14兆円になったということは、お米の値段が10円下がると、コストが90円下がるとかいう、こういう勝手なことを置いているわけです。要するに、生産性が勝手に向上するということを盛り込めば、いくらでも数字を膨らませることができるんですよ。こういうことを専門にしている私が言うんだから間違いありません。

 そのような生産性向上効果というものを勝手に入れて数字を膨らませたらいけないんですよ。どれだけの影響があるのかをきちんと出して、それに対してどれだけの追加対策をやらなければいけないのかを示さなければならないのに、対策をするので影響ないと、本末転倒の話にしています。「影響がないように対策するので影響がない」という全く訳のわからない話をしている。

 例えば、酪農については、政府の加工原乳価が1kg当たり7円下がると言っています。7円も下がったら、たくさんの酪農家が潰れます。ところが政府は、所得も生産量も変わらないと言っているんです。なぜなら、生クリーム向けの牛乳に補給金を付けるからと。それだけで7円の差額が補填できますか?できるわけがありません。いやいや、「畜産クラスター事業をやるから、コストが7円下がる」と。こんなことにどれだけ根拠があるのか。根拠があるなら示せ、といくつも例を挙げて質問をしましたが、全く肩透かし状態。一切、我々の質問には答えないという戦略のようです。

 私の東大の研究グループで計算し直しました。きちんとしたデータに基づいて計算すれば、農林水産業への影響額は1.6兆円あります。波及倍率が2.32ですので、全産業には3.6兆円もの生産減少額が出ます。失業は80万人です。もしこれだけの影響を差額補填で埋めるとすれば、少なくとも8,000億円の追加予算が必要です。10年で8兆円です。これだけの予算を準備できますか。するつもりもなければ、できるわけもない。

 要するに、国会決議の中に「再生産が可能になるように」という言葉を入れ込んでおいて、対策をやって「再生産が可能になるように」したから国会決議は守られたのだという、非常に稚拙な言い訳も成立しません。どう見ても、国会決議は守られていないと言わざるをえません。

 対策と言っても、補正予算で3,000億円ぐらいが農業分野でも出ていますけれど、ほとんど今までの政策の焼き直しです。しかも、大変なことは、企業のみなさんへの対策なんですよ。法人化と規模拡大をしないと、これからは予算をつけないという。ほとんどの農家は「使えない」と悲鳴が上がっています。非常に意図的なものなんです。だから「お金をつけていただきました。ありがとうございました」なんて言ったら、気が付いたら、全国、完全「ゆでガエル」ですよ。こういう状況なんですね。

 しかも、7年後には日本だけが主要参加国と再交渉することになっています。TPPは必ず関税撤廃することが目標としているわけですから、7年後には、今残った関税も残せないかもしれないという状況から考えたら、国産の安心・安全な食料を、私たちが必要な時に必要な量を提供できるという体制が空前の灯になってきているということです。

 これは農業保護問題ではないんですよ。食料政策とは、まさに国民の命を守るみんなの要(かなめ)なんですよ。このことをもう一度認識しなければなりません。安全性も崩れてしまいます。安いからと言って、アメリカの牛丼・豚丼を食べて、前立腺がんが4倍だ、乳がんが7倍だとなって、「こんなことをしていてはいけない。国産のものを食べたい」と言ったときに、作っている人がいなくなっていたら、選ぶことすらできません。このことを、今みんながきちんと認識し直さないと、私たちは大変な崖っぷちに来ているということを、もう一度考えないといけないと思います。

 それから、「農業を譲った、国内対策だ、影響試算だ」というのは、私はもう1年以上前に聞いていた。あとは猿芝居なんですよ。なぜこれがわかるか。安倍首相とオバマ大統領が東京の寿司屋で2014年4月に会談して「決裂した」となったでしょう。でもそのときに、一部メディアが「秘密合意があった」とスッパ抜いたではないですか。あの時の報道は、「牛肉関税9%」ですよ。つまり、あの時、ほどんど決まっていたんですよ。だから、安倍首相とオバマ大統領は、あの寿司屋で、じつは「握って」いたんですよ。

 その後は完全な猿芝居。フロマンさんと甘利さんが徹夜の交渉でフラフラになって出てきたと。よく言いますよ。本当は寝ていたんじゃないかとの未確認情報もあります。でも、甘利さんは、髪の毛真っ白になったじゃないですか。やっぱり本当に頑張って交渉したのかなと思って一応聞いてみたら、なんと甘利さん、元々髪の毛白いんだそうですね。それを染めておいて、だんだん白くしていった。手が込んでいますよね。その割には、大臣室でお菓子といっしょに50万円の袋をもらっているようでは、何をやっているのかという話ですよね。本人は「はめられた」と言っていますが、どう考えてもはまる方が悪いですよね。絵に描いたような斡旋(あっせん)利得罪の構造です。

 斡旋利得罪と言えば、TPPこそ、巨大な斡旋利得罪の構造だということですよ。ハッチさんという、アメリカの共和党のTPPの一番の旗振り役は、ファイザーやノバルティスから、2年間で5億円の献金をもらっているんですよ。それに基づいて、データ保護期間が12年だの20年だの延ばせと言って、人が死んだって俺たちが儲けるんだと、そのルールを押しつけるのがTPPだと言って交渉をやらせているわけでしょう。こんなTPPを我々が受け入れるわけにはいきません。

 そういう時に、こんなタイトルだけの黒塗りの資料を平気で出してくる神経はどうかしています。こんなものを国民に示しても構わないと思う様な、そこまで我々を愚弄しているわけです。こんな政治をこれ以上許すわけにはいきません。これを終わらせるために、弁護団の先生方とともに、我々は闘い続けましょう。

※本記事は、TPP交渉差止・違憲訴訟の第4回口頭弁論期日報告から抜粋して掲載しました。