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 米国在住の国際コンサルタント、トーマス・カトウ氏から、重要なレポートが届きました。ポイントは、「レームダック期間でTPP批准が仕上がる可能性はゼロに近い」という点です。国会は、米国情勢を客観的に見て審議を行うべきでしょう。

 また、以下は日本にとって重要な論点でしょう。「ちなみに日本では「外交交渉上の慣習としての秘密事項」なる理由でTPP交渉文書が国会議員にも開示されないようであるが、もしこの事態が米国で生ずればその理由だけでTPPは議会で批准されないことになり得る。」

大統領選後のTPP批准

Thomas Kato
November 1, 2016

1.オバマ大統領のTPP協定批准要請
2.米国議会によるTPP批准手続き
3.TPA法の長短所
4.大統領からTPP協定文書が届いた後の議会スケジュール
5.上下両院各院の長の意見
6.日本でのTPP批准が米国に与える影響

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1. オバマ大統領のTPP協定批准要請

 オバマ大統領は11月7日の大統領選後上下両院に対して、TPA法に依拠した形式でTPP批准を要請し、両院の議決を求めることが確実視されている。オバマ大統領はそのための準備として、すでに本年8月12日上下両院に対しTPP協定の批准要請を事前通告した1

 大統領の上記通告は2015年TPA(大統領貿易権限)法が新たに定めた30日ルールに基づく(同法Sec. 6)(a)(1)(D)。同通告により大統領は9月10日以降、上下両院へTPP協定(の執行法案)を正式に提出し両院の審議を求めることが出来るようになった。

 ちなみに同協定は12カ国の協定交渉国政府がニュージランドで2月4日調印したものであり、同協定第30章によれば、全締約国が批准するに至らなかった場合でも12カ国全体GDP(2013年基準)の85%に達する6カ国が批准手続きを終えれば同協定は発効する。それぞれ、85%要件、6カ国要件と呼ばれる。米国GDPは85%要件を満たさない。米日を合算しても同要件をやや下回る。しかし米日両国が重要な役割を演ずることには変わりない。

1http://www.politico.com/story/2016/08/obama-congress-trade-warning-226952

2. 米国議会によるTPP批准手続き

 TPPは形式上FTA(自由貿易協定)に属する国際条約である。米国はこれまでのFTAにつきTPA法を用いて批准してきた。もっとも例外(米ヨルダン協定:2002年)もみられる。

 上記批准手続きであるが日本ではその実体が誤解されているようである。

 多くの日本の文献、報道によれば「米国でのTPP批准手続きは協定批准の部分と関連法案の部分」に分かれるとされる2。そうではない。正しくは「TPPは一本の通常法案に分解整理されて同法案が議会審議手続きに載せられる」3。「関連法案」なるものもない。直近の米韓貿易協定(TPA適用)、さらには米ヨルダン貿易協定(TPA非適用)ならびに過去の全てのFTAが一本の通常法案として処理された。

2例えば11月1日東京新聞朝刊(電子版)。
3専門用語を用いれば、FTAは米国では「Self-Executing Treaty:自動執行力を有する条約」として取り扱われていない。

3. TPA法の長短所

 TPPはTPA法が適用され得る協定である。ストレートに言えば昨年成立した2015年TPA法の主眼はTPP批准の容易化に置かれていた。TPA法の長所は議会審議の中身の単純化である。短所は大統領側(USTR交渉を含む)が同法の定める所定要件を満たさなかった場合に議会側が審議の場で、即座にTPA法不適用を決議することである。同法は諸刃の刃である。

 一般メデイアは上下両院本会議がTPP協定批准の可否を速やかに審議すると報ずる。しかしこの表現は重要な点を披露していない。たしかに終局的には、同批准は上下両院本会議の票決に委ねられそれぞれの議院の過半数の議員が賛成票を投ずれば同協定が批准されたことになる。

 しかし重要な点は各院の担当委員会が4、TPP協定が実際にTPA法に則って仕上ったかいるかを審議し、もし則っていないとの判断に達すれば「Disapproval Resolution」決議の対象になり、それが可決された場合、協定は振り出しに戻ってTPA法が適用されなくなる (Sec. 6)(b)(1)(B)。
この場合、いうまでもなく同協定(繰り返すが、実際は先に指摘したように同協定文が分解整理された一般法案)は、事実上本会議での賛否投票にかけられなくなる。

 以上の意味で、同協定が実際にTPA法に則っているかの委員会審議は著しく重要である。

 以下はTPP協定が実際にTPA法に則っているか、でチェックされる4要件である5

(1)同協定はTPA法の定める所定期間内に交渉されたか。
(2)同協定はTPA法の定める交渉目的を満たしているか。
(3)TPP交渉はTPA法の定める要件を満たしているか。
(4)大統領が議会に提出した執行法案(TPP協定が分解整理された通常法案)は所定要件を満たしているか。

(1)TPP協定はTPA法の定める所定期間内に交渉されたか

 この要件はかろうじて満たされた。実際のTPP交渉は2015年TPA法成立以前に始まったが、同法は同法の遡及効を認めたのでこの要件が満たされた。

(2)TPP協定はTPA法の定める交渉目的を満たしているか

 この要件が満たされたか否かは委員会で議論されよう。この議論は著しく多岐に及ぶ。
例えばTPA法は「通貨操作禁止条項」をTPP協定の交渉目的と規定する (Sec. 2)(b)(11)。しかし同条項は同協定正文に盛られなかった。当然、委員会で問題になる。

(3)TPP交渉はTPA法の定める要件を満たしているか

 この要件が満たされたかについても委員会で議論されよう。例えばTPA法は「議会議員からの、機密文書を含むTPP交渉文書へのアクセス:USTR shall provide any Member of Congress, provide access to pertinent documents relating to the negotiations, including classified materials」を規定する (Sec. 4 )(a)(1)(B) 。USTRはこの規定に則った措置を実施したと推定されるが、もし遺漏があったとすればこの要件は満たされなかったことになる6

(4)大統領が議会に提出した執行法案(TPP協定が分解整理された通常法案)は所定要件を満たしているか

 この要件もその対象は多技に及ぶ。例えば、大統領は議会に対してTPP協定批准を求めるための要件として政府機関ITC(国際貿易委員会)によるTPP協定評価書を取得しておかなければならない(1974年TPA法 Sec. 131.)7。ITCはすでに同評価書を完成し公表した。その限りで「ITC要件」は満たされた。

 それ以外にも大統領側は複雑な所定要件を満たさなければならない。行政府が議会に対して法案を提出することはないのが米国である。「予算」ですら、政府からの資料を受け取った議員が通常法案として提出する。

4担当委員会はTPP協定文の中身に応じて複数にまたがるがその中核委員会は、上院Finance Committee、下院Ways and Means Committeeである。ちなみにこの両委員会の伝統的な役割は「税務」事項である。かって税務(関税)政策の一環として位置付けられたFTAは、現在では関税以外の取決め事項(例:ISDS)が圧倒的な部分を占めているにもかかわらず、議会内の担当委員会は旧態依然のままである。
5参照、Ian F. Fergusson, et al., “Trade Promotion Authority (TPA): Frequently Asked Questions,” Congressional Research Service, July 2, 2015, p. 2.
6ちなみに日本では「外交交渉上の慣習としての秘密事項」なる理由でTPP交渉文書が国会議員にも開示されないようであるが、もしこの事態が米国で生ずればその理由だけでTPPは議会で批准されないことになり得る。
7Sec. 131. Trade Act of 1974

4. 大統領からTPP協定文書が届いた後の議会スケジュール

 大統領からのTPP協定文書は11月7日直後にも上下両院に到着する。各院は到着文書の受領を拒否出来ない。同文書は各院の長(上院院内総務、下院議長)に上げられた後複数の担当委員会に配布される。

 担当委員会の手持ち期間は45日であり(同法Sec. 151.)、同期間中に審議が終った場合はその翌日に、終わらなかった場合には手持ち期間終了時点で審議が打ち切られ、本会議での票決投票の場に上げられる。次のプロセスであるが、本会議に到着した委員会審議の結末はここで最大15日間滞留する(同)。同期間は各院の長が独断で決定する。最後のプロセスは本会議での討論時間になる。これは最大20時間に制約されている(同)。

 上記にみられる「期間、時間」の周辺環境を今回のTPP批准に当てはめてみる。

 まず大統領選翌日から米国議会会期が終了する12月31日まで、暦の上では54日間ある。しかし議会セッションは通常、土日月の3日間、ならび国家休日には開催されないから54日間のうちのネット審議期間は、実際は30日間(11月—12日間、12月—18日間)になる8

 結論。上記の諸事情(滞留に関わる45日ならびに15日ルール。審議期間30日など)を総合的に判断すると今回レームダックでのTPP批准が仕上がる可能性はゼロに近い。

8各院の長の決定で「セッションの土日開催」は先例にもみられる。これは例外中の例外である。

5. 上下両院各院の長の意見

(1)マッコーネル上院院内総務(共)

 基本的にはTPP賛成派に立つマッコーネル氏は本年初頭から、大統領選以前にTPP上院審議が始まることはないと述べてきた。同氏は9月末時点で、「万一、法案が本年 <大統領選直後を意味:カトウ> 持ち込まれたとしても可決されることはない。投票の実施 <否決を暗示:カトウ> はその先の状況を悪化させるだけだ」と述べる9

(2)ライアン下院議長(共)

 同じく賛成派のライアン氏も実質的にマッコーネル氏に同調する。同じく9月末時点で、「TPPがレイムダック期間に来るとは想定しない。法案上程はこの先数ヶ月では解決され得ない修正が終わってからの話だ」と述べる10

 両氏に共通するのは両氏共にTPPの成立を支持する立場から、いったんそれぞれの院で審議が始まる以上は終局的にTPP批准を成就させたいとする意思のみられること、レームダックで否決される政治リスク(否決されれば無能烙印を押される)とTPP審議を来年以降に延ばす政治リスク(金融ならびに産業界からの一過性の不満)を較べた場合前者のリスクが後者のそれを上回るとする判断がみられるようである。

TPA法成立にみられた議会票決

 マッコーネル、ライアン両氏の意見の背景には昨年6月成立した「TPA法:つまりTPPリトマス試験紙法」可決にみられた各議員の態度が著しく影響している。今回のレームダックでは同じ議員が票決に関わることになる。

 同法は上院では62対38で可決した(上院での事実上の過半数は60である)。下院では218対208で可決した。もし218ではなく217であったならば同法は可決しなかったという事実は大きな意味を有する(下院議員総数435名の過半数は218)。

 現時点までの議員の態度を総括すると、その後TPP賛成派から反対派に鞍替えした議員はみられるが、逆方向の動きはみられない。

9https://morningconsult.com/2016/09/29/with-lame-duck-tpp-vote-unlikely-trade-skeptical-clinton-supporters-lay-out-priorities-for-renegotiation/
10http://www.bloomberg.com/politics/trackers/2016-09-28/ryan-sees-no-tpp-in-lame-duck-says-unstuck-cr-moves-by-friday

6. 日本でのTPP批准が米国に与える影響

 現時点までの日本メデイアならびに衆議院審議を総合的に踏まえれば、日本国会でのTPP批准はほぼ確実に仕上がる。もっともそうだからと言って、TPP反対運動が鎮静することにはならないであろう。

 さて、日本の批准完了を受けた米国はどのように反応するであろうか。

 安倍政権は日本の批准完了が米国側TPP賛成派を鼓舞するとみているようである。しかしこれは薄っぺらな見方に過ぎず、安倍首相の実際の的は、1)崩壊中のアベノミクスの立て直し、2)昨年春に密約されたとされる「TPPでの米国支援と引き換えの自衛隊海外派遣を含む軍事力増強への米国不介入の取り付け」になるであろう。

 米国側の反応は賛成派Aと反対派Bの二通りに分かれよう。

A:オバマ大統領とクリントン大統領候補からは感謝されよう。もっともクリントン氏が実際に感謝を感ずるのは同候補が米国新大統領に選ばれた後少なくとも1年経過した時点で同氏がTPP賛成を発言する環境が整った時になる。

B:TPP反対派はまず日本のTPP批准成就に危機感を高めるものとみられる。この高まりは英国のEU離脱の延長線上にある米国ポピュラリズム(サンダース、トランプ両現象)の火炎に油を注ぐ役割を果たし、結果的には米国でのTPP批准を葬る方向に発展していく。

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