「種子法廃止等に関する違憲確認訴訟」の第一審(東京地裁)が10月7日、結審しました。国は、主要農作物種子法(以下、種子法)の廃止後も、地方交付税による財政措置がなされているとしていますが、その実態は不透明なままです。
裁判で明らかになった財政措置の大幅減少
私は、かつて行政官僚を務めた経験などを生かし、本裁判で、種子法廃止に伴う国から都道府県への財政措置の実態を調査してきました。
2018年4月に種子法が廃止される前は、国は、都道府県が行う種子の供給事務を地方交付税の対象とし、同法に基づいて財政措置を行ってきました。種子法を廃止する法案の国会審議の過程で、「地方交付税が減額されたり、なくなったりするのではないか」と追及された際、政府は、「種子法廃止後も、種苗法や農業競争力強化支援法に基づいて地方交付税による措置がなされる」と答弁していました。
そこで、種子法が廃止された今、実際の財政措置がどうなっているのか、政府公表情報である「地方交付税制度解説」を調べてみました。すると、種子供給事務に対する財政需要が含まれている項目である「生産流通振興費」の予算額が、種子法廃止後に大幅に減額され、その後も、低迷していることが判明したのです。
「生産流通振興費」には、種子供給事務以外の予算額も含まれているため、実際に種子供給事務に充てられた額が分かるよう、「生産流通振興費」の項目の内訳を示すように本裁判で被告国に要請しました。しかし、国は、「種子供給事務に要する財政需要については、地方交付税による措置が続けられている」と答えるだけで、一切詳細を明らかにしようとしません。国の姿勢は、極めて不当なものです。
種子法を廃止までする根拠は一体どこに?
裁判の最終局面に入り、被告国が提出した書面や証拠の中に、新たな情報も出てきました。総務省が2022年4月、都道府県に対して地方交付税措置を行う際の通知文書の中に、「種子法に基づき都道府県が実施することとされていた事務については、種子法の廃止後においても、種苗法等に基づき、“従前と同様に”実施することとされている」と書いてあったのです。「従前と同様に」とは、「種子法があるときと同様に」という意味です。これは、国がこれまで主張してきた、単に「地方交付税による措置が続けられている」という表現とは異なります。
そこで、最終弁論にあたり、種子法に基づいて都道府県が実施することとされていた事務のどの部分に要する費用が、種苗法や農業競争力強化支援法のどの規定に基づいて措置されているのか明らかにするように釈明を求めました。しかし、国は、「これまでの主張で説明しており、回答する必要はない」と言うのみでした。
種子供給事務に対する地方交付税額が減少すれば、都道府県は、種子供給事務における奨励品種決定調査や原種の生産などにかかる予算を確保できず、良質な種子が十分に供給できなくなる恐れがあります。証人尋問でも、「原種生産のための予算がカットされ、種子の値段を上げざるを得ない」「採種農家に渡す原種の価格が3倍に値上がりしている」などの事態が明らかになっています。
これに対し、国は、証人の証言が信用できないとの主張に終始しています。しかし、国は地方交付税を措置する立場にあり、実質的に地方公共団体に対して優越的な地位に立っているわけです。証言の内容を疑う前に、現状について自ら詳しく調査し、将来の見通しを説明するべきです。国は、真摯に国民の立場に立って物事を考え、丁寧に説明しようという姿勢に欠けていると言わざるを得ません。
根本的な疑問も拭えません。「種子法は必要なくなった」と国が主張していたにも関わらず、種子法に基づく種子供給事務は、種苗法や農業競争力強化支援法に基づいて“従前と同様に”行うというのは、どういうことなのか。法改正ではなく、廃止までしなければならなかった根拠は一体どこにあるのか。結局、地方公共団体が持っているノウハウを民間事業者に渡し、民間に市場を開放するという視点しかなかったのではないでしょうか。
種子法がなくなるということは、「いつでも、どこでも、いくらでも手に入る」と思っていた食料が、実は非常に不安定な状況におかれてしまうということを意味します。世界には、飢えで苦しんでいる人がたくさんいます。日本の歴史を見ても、この先、飢えがないなどと言うことは決してできません。私たちは、生きていくうえで何が大切なのか、想像力を働かせなければならないのではないでしょうか。
私は、大蔵省(現財務省)に入省し、内閣法制局参事官などを含めて22年間官僚を務め、その後、政治家として総務副大臣や法務大臣も務めてきました。そこには、「政治の壁」や、多数決による「数の壁」もありました。司法の砦である裁判所には、憲法と良心に従って真に国民のために判断することを願ってやみません。
プロフィール
弁護団
平岡秀夫(ひらおか・ひでお)
1954年山口県生まれ。東京大学法学部卒業。弁護士。元内閣法制局参事官、元法務大臣、元衆議院法務委員長。著書に『リベラル日本の創生~アベノポリシーへの警鐘』(ほんの木出版)、『新共謀罪の恐怖』(共著・緑風出版) 。