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TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の違憲性を問うことから始まった、私たちの闘い。主要農作物種子法(以下、種子法)廃止の背景にあったのは、民間企業の利益そのものでした。国民の生活を守ってきた法律や規制を壊す動きを止めるために、何ができるのか。裁判を牽引してきた弁護団共同代表の山田正彦に聞きました。

一方的な日本の履行。次のターゲットは食品表示

 あれだけ騒がれたTPPは、2017年にアメリカが離脱を表明し、葬られるはずでした。ところが日本は、自ら音頭を取り、アメリカを除く11か国による協定(※1)を発効させました。当然、アメリカとの並行協議によって決められた内容は無効です。しかし、こともあろうに当時の安倍首相は、「日本は並行協議を遵守する」と国会で答弁したのです。

 財界とつるんでいた安倍首相の関心は利権と保身ばかり。多国籍企業の圧力にも言いなりだったのでしょう。アメリカはまったくの無傷のまま、一方的に約束を履行するなど、とんでもない話です。

 これが、種子法廃止に始まり、水道法の改正、残留農薬の基準緩和など、国民の生活を守ってきた大事な法律や規制を次々と改悪させてきた背景にあるものです。

 今気がかりなのは、食品表示に関する動きです。私が農林水産大臣を務めていた頃に議論され、2013年に成立した食品表示法は、国内で製造・加工されたすべての加工食品に原料原産地の表示を義務付けました。ところが、その詳細なルールを定める食品表示基準(2017年改正・施行)で、原材料が加工食品の場合は、その産地がどこであろうと、国内で作られたものは「国内製造」と表示できるようになってしまいました。例えば、輸入の小麦が原料であっても、「小麦粉(国内製造)」という表示が可能になり、消費者は「国産」なのかと誤解してしまいます。

 この基準は、猶予期間を経て2022年から完全施行され、すでに市販の油やパンなどの表示が変わっています。「海外産」と表示したくない大手食品企業の意向を汲んだのでしょう。制度を検討する委員会の報告書(※2)には、「TPP関連施策を踏まえ検討する」と明記されていました。

種を守ることは、命を守ること。市場原理に委ねてはならない

 私たちは、TPPは生存権などを侵害するとして、2015年からTPP交渉差止・違憲訴訟で闘ってきました。その高裁判決で、「種子法廃止はTPP協定によるものであることは否定できない」との判示を得て、現在の種子法廃止違憲訴訟に至ります。国も、答弁書の中で、「種子法廃止はTPP協定による規制改革推進会議の決定に従ったもので、農政審議会にもかけていない」ことを認めています。

 種というのは、人が生きていくために、なくてはならないもの。昔から、種のために多くの人が命を落としてきました。土地を離れざるを得なくなった難民も、最後は種を持って行きます。種を守るということは、そういうことなのです。

 アメリカやカナダでも、農家の自家採種を認める一方、国や州がその土地に合った優良な種子を公共で育種し、安価に提供しています。それなのに、日本は種子法を廃止し、主食の米、麦、大豆の公共の種子をやめて、民間企業の種子に頼ろうというのです。その代表例として政府が推奨した三井化学のみつひかりで、発芽率を偽り、異品種を混入させる不正が発覚しました。公共の種子ならば、発芽率90%以上と表示すれば、それを保証する義務がありますが、みつひかりでは「7割発芽すればよかった方」と農家も証言する一方、補償がまったくされていません。種子法廃止がいかに愚かなことだったかを象徴する事件です。

 問題は種苗法にも及びます。育成者の利益を守るための許諾手続きを推進し、自家採種を禁止する流れが止まりません。近く、自家増殖を取り締まるための監視機関が設置される見込みです。ここでも、利害関係者に大手食品企業の顔が並び、在来種など伝統的な種子の品種登録も進められようとしています。

 こうした、大幅な規制緩和、市場原理を尊重する新自由主義の流れは、世界的にみても変化の兆しがあります。欧米諸国では、効率優先から農村社会を大切にする農政に転換しつつありますが、日本はまだ「今の路線を続ける」(岸田首相)のでしょうか。

 諦めてはなりません。食品表示法の原産地表示は、グローバル化が進む中で、農業者団体の要求があったからこそ導入されたもの。種子条例も、市民の関心がなければ、全国34の道県に広がりませんでした。オーガニック給食も、各地の自治体で導入されようとしています。この裁判も、裁判所が私たちの主張をしっかり聞こうとしています。さまざまな闘い方で、私たちは社会を変えていくことができるのです。

※1: CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)。2023年7月までに全加盟国で発効。
※2: 平成28年11月29日「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会中間取りまとめ」

プロフィール

弁護団共同代表
山田正彦(やまだ・まさひこ)

1942年長崎県五島生まれ。元農林水産大臣。弁護士。TPP交渉差止・違憲訴訟の会幹事長、弁護団共同代表。著書に『アメリカも批准できないTPP協定の内容は、こうだった!』『タネはどうなる?!~種子法廃止と種苗法運用で~』(サイゾー)ほか。