tppikenn_ACE_5258

種子法廃止違憲訴訟の控訴審が結審し、2月20日にいよいよ判決が言い渡されます。第1次訴訟のTPP交渉差止・違憲訴訟の提起から10年、裁判運動も大きな節目を迎えます。グローバリゼーションという世界経済の大きな流れの中で、私たちが闘ってきたものは何だったのか、見つめ直します。

原点はベトナム戦争体験「どちら側に立つのか?」

 私は、1967年から2003年までの36年間、いくつかのNGOに所属し、アジアを中心とした国々で、公正と平和、地域の人々のための活動に従事してきました。一番に考えてきたのは、政府から無視されてしまう弱い立場にある人たちとともに、命や暮らしを守っていくことです。

 原点にあるのは、ベトナム戦争での体験です。私は1975年、東京YMCAから派遣される形で、南ベトナム・サイゴン(今のホーチミン市)に赴任し、避難民の救済活動に当たっていました。サイゴンがアメリカによる支配から解放される前日の1975年4月29日、私を含めた外国人も命の危険があるとのことから、アメリカ大使館からヘリコプターで退避することになりました。戦禍を逃れようとして、多くのベトナム人も助けを求めて塀を乗り越えようとしていました。しかし、米兵はそうしたベトナム人を蹴落とし、外国人だけを救出しました。私はその光景を見て呆然とし、足が動かなくなりました。自分はどちら側に立って、残された人生を歩んでいくのか。決定的に考えされられた瞬間でした。その日のことを、忘れることはできません。「私は、ここに残る」。その時、私は日本に居住するアジア人の一人として生きていこうと決めたのです。

サイゴン解放の前日、アメリカ大使館の塀を越えようとする人々(写真提供 = 池住義憲、1975年4月29日撮影)

サイゴン解放の前日、アメリカ大使館の塀を越えようとする人々(写真提供 = 池住義憲、1975年4月29日撮影)

 こうしたNGO活動の一方、世界経済は目まぐるしく変化し、1980年代初頭から自由主義経済が活発に。国境を越えたモノ、カネ、人の移動が著しく拡大するグローバリゼーションの時代に入っていきました。1995年には世界貿易機関(WTO)が発足し、自由貿易は強制力を持つようになりました。それでも不十分だと考えた巨大企業や投資家たちは、政府の役割を小さくし、自分たちの利益を優先するルールを押し付けるようになっていきます。それが、新自由主義経済です。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、その最たる動きといえます。

 問題は、こうしたルール作りの一方で、私たちの生活を守ってきた法律や制度がどんどん壊され、効率化の名の下、さまざまな公共サービスが民営化されてきたことです。私たちが裁判で争っている主要農作物種子法廃止も、そうした大きな流れの中にあるのです。

未来の世代に思いを馳せ、人権を守る憲法判断を

 グローバリゼーションは、一言でいえば、カール・ルイス(※)と幼稚園児の100m競走のようなもの。勝ち負けがはっきりしている弱肉強食の世界で勝てるのは、ルールを作ってきた国の一部のエリート。より安く、より多くのモノが手に入り、私たちの暮らしも物質的には豊かになったかもしれません。しかし、それと引き換えに、多くの人が仕事を失ったり、食品の安全性が損なわれたり、途上国の経済や環境を破壊し、人権をも踏みにじってきました。

 この裁判運動で私たちは、TPPや種子法廃止による被害者性を中心に訴えてきました。ただ、私の視点からすると、それだけではありません。新自由主義経済が進むことで、途上国や弱い立場にある人たちへの加害者性を生むのではないか。この両面を見る必要があると思うのです。

 今の経済は、合理性、効率性ばかりが注目されます。種子法廃止もその一環です。そこには、自分たちさえ利益を得られればよいという一部の人たちの思惑が透けて見えます。しかし、現実には、食料供給はますます不安定化し、弱い立場にある人たちとの格差が広がってしまう危険性がある。真に調和のとれた経済とは、すべての人があまねく平等に食料にアクセスできて、平和のうちに生きられる状態のことです。

 こうした点からすれば、TPPを推進し、その下で種子法を廃止したというのは、食料への権利を含む生存権や、制度後退を禁じた国際人権A規約から見ても、間違っています。政府の姿勢は、私がベトナムをはじめとする現場で学んできた考え方と逆行するばかりか、「平和と公正を希求する生き方」そのものを否定しているという思いです。私は、まだ見ぬ未来の人たちの安全、健康、暮らしに無関心ではいられません。

 裁判は、みなさん一人ひとりの中にある思いを司法に訴える場。憲法12条にあるように、不断の努力をして、憲法を守っていく運動です。人権を守る最後の砦である司法府が、憲法の視点から、種子法廃止がどうだったのか、法と良心に従って判断することを切に願っています。

※:1980~90年代に活躍したアメリカの陸上競技選手。10の五輪メダルと10の世界選手権メダルを獲得した。

プロフィール

代表
池住義憲(いけずみ・よしのり)

1944年東京生まれ。立教大学卒業後、東京基督教青年会(YMCA)、アジア保健研修所(AHI)、国際民衆保健協議会(IPHC)でNGO活動に従事。自衛隊イラク派兵差止訴訟の原告代表として実質違憲判決を勝ち取る。TPP交渉差止・違憲訴訟の会代表。