種子法の廃止に続き、今年の国会で種苗法が改正され、日本の農と食の根幹が揺るがされようとしている。今、私たちは何をすべきなのか。この問題に詳しい二人に話を伺った。
公的な種子事業が世界中で攻撃されている
印鑰智哉(以下、印鑰) 2018年4月に主要農作物種子法(種子法)が廃止された理由は「種子法によって民間企業の種子事業への進出が妨げられる」ということでした。現在も米などの99%は公的事業が種子の育成を担っていますが、公に依存しているにもかかわらず、それを支える法律がないという危険な状態にされているのが現状です。
浅野正富(以下、浅野) 農業者にとって種子は営農の基盤です。かつては圧倒的に自家採種が多かったと思いますが、品種改良には時間も技術も必要ですし、一般の農業者が優良で一定した品質の種を作り続けるのは大変なことです。その部分を都道府県など公が担ってきた。種子法がその仕組みを支えてきたからこそ、私たちも安価で安全な農作物を買うことができていたのです。種子法を廃止する現在の流れは、もう底が抜けてきているというか、日本の農業のあり方を根底から覆すような事態だと感じています。
印鑰 種は生きていくための基盤ですから、アメリカを含む多くの先進国では法律で守られています。しかしそうした仕組みが、政治的・経済的立場の弱い南の国から奪われ始めています。公的な種苗事業が攻撃され、民間事業者、つまりは多国籍企業がシェアを奪っていく。日本の私たちもそんなピンチに直面していることを自覚する必要があります。
種子法廃止と種苗法の改正は一体のもの
浅野 今年の通常国会に、種苗法改正法案が提出されようとしています。農水省の検討委員会(※)では、「『自家増殖や転売は一律禁止』といった、現場が理解しやすいシンプルな条文にすべき」という意見が出され、自家採種は原則禁止の方向にされようとしていますが、これは必然的な流れだと思います。なぜなら種子法廃止によって種子事業を民間企業のコントロール下に置こうとしたわけですが、農家が自家採種できるままであれば、コントロールしきれない。自家採種も禁止していくことは、種子法廃止と当然セットで考えられてきたのでしょう。
印鑰 僕も同じように思います。自家採種禁止の理由として、農水省の表向きの理由は「日本の優秀な種苗が海外に流出するのを止めるため」ですが、国内の種苗法を変えても、海外では効力がないから止められない。農水省はかつて「海外で品種登録を行う」という対抗策を出していますが、それは種苗法と直接関係なく今でもできることです。新品種開発の登録品種数が安倍政権になってから落ち続けているから民間企業に力を与えて、登録数を増やして知財立国を目指すと言う。種の登録数が農業の力だというわけですが、それは違う。地域の農家の力こそが日本の農業の力でしょう。これまでの種苗法は種の育成者権と、種をとって使う農家の権利を両立させていましたが、今度の改正では農家の権利が消えてしまうのではと危惧しています。
浅野 多国籍企業が利潤を追求していく一方で、全世界の8割を占める家族農業や小規模農業が重要な役割を果たしていることを再評価して、2018年に「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」(小農宣言)を国連が採択しました。そこでは、種子の権利を重要項目として明記しています。
印鑰 そうした世界の潮流とは逆の方向に進めているのが、日本も支持するTPPやアジア版のTPPであるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)です。種の権利、知的所有権を特許と同じように位置付けている。この流れは日本だけにとどまらず、インドネシアでは9月に自家採種を禁止する法律が通り、 今度はインドがその危険にあっている。インドはRCEPからは離脱しそうですが、他の自由貿易協定の影響もあり、インド政府は農民の権利を否定しかねない法案を今年出し、大問題になっています。インドには、育成者権と農民の権利法を一つにした画期的な法律があります。インド政府は生物には特許を認めておらず、登録品種であっても農家は自家採種する権利があることを明確にしていますが、その権利が否定されてしまうかもしれません。
しかし、綿などの種苗会社はモンサントがほとんど買収してしまいました。インドでは今、農民の種の運動が高まっています。地域の在来種のシードバンクで無料で貸し出して、農家にお金がなくても在来種の種子を回していける仕組みで対抗しています。
農業や食の権利は生きる権利
浅野 これまでの日本では、農業が人の生きる権利に関わる問題だと意識されることが少なかったと思うんです。今回の種子法廃止のように、農業の基盤を壊すような動きに対して、「これは自分たちの権利が奪われるんじゃないのか?」と意識せざるを得ないような状況になってきた。農業者にとっても消費者にとってもかけがえのないものが侵害されている、人権侵害の問題なんだときちんと主張していく必要があるのではないかと。これが今回の違憲訴訟の大きな意味だと思っています。
印鑰 日本の戦後社会においては、農業や食の問題が社会の問題として語られないという構造ができてしまっていました。そこから抜け出さないといけない。
浅野 経済成長と引き換えに自由貿易を進める一方で、どんどん食料自給率が下がってきているわけです。でも、すべての農作物を輸入することは不可能ですし、地方で営農することは、食料生産だけでなく多面的な機能を果たしているんです。国土や自然環境、水源の保全、文化の伝承などを営農活動なしにできるわけがないんですね。本当に人間の暮らしに大事なものは、やはり一次産業なんだという認識を強く持つ必要があるのかなと思います。農山漁村が大事に守ってきたもの、守らなければならないものを、責任を取らない民間に委ねることの怖さを考える必要があります。
知ることから変えていける
印鑰 今後、種子法廃止、種苗法改悪に続いて、ゲノム編集の種を都道府県が作ってしまうのではないかと危惧しています。実際、国立研究開発法人の農研機構が開発していますし、知らないうちにゲノム編集の大豆をまいてたという状況が生まれかねない。だからこの機会に「これはどんな種なのか?」と疑問を持って、考えるべきだと思います。そして今、輸入されている食がどんなものなのかを多くの人に知ってほしい。アメリカやカナダから輸入されている小麦はほぼ100%、除草剤のグリホサート(商品名:ラウンドアップ)が検出され、それが学校給食に使われている。この状態が続いたら今後どうなるかということを知って、議論していくべきです。
情報を伝えることができたら、僕は絶対に変わっていくと思うんです。一部の民間企業だけに任せれば大変な事態になるでしょう。日本の食はすぐにも危機に陥り、高騰する可能性が迫っていると思います。
浅野 おっしゃるように、地方から変えるということがこれからすごく重要だと思います。地域の人たちが自分たちの暮らしを守っていくこと、それが持続可能な社会を築くことの基礎になるのではないかと考えています。
印鑰 もし、今年の台風19号が1か月前の収穫期頃に来ていたら、来年の種もみがなくなってしまっていたかもしれない。今、種子法廃止に対抗して、種子条例が全国半数近い道府県で成立する見込みですが、地方から変えることができます。米・麦・大豆にとどまらない種苗をみんなの財産として守る動きを作り出していく必要があると思います。そのとき、今のようにすべてが自己責任とされる社会だと、飢餓が拡大する。人権の問題としての、農業と食、そして貧困とのつながりへの意識が、日本は弱いと思うんです。それをもっと強める上でもこの訴訟は大事だと思います。
浅野 今回の違憲訴訟では、憲法第25条の生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)を主張しています。安全な食料が自分たちではなく多国籍企業にコントロールされてしまわないよう、食料の権利や衣食住を守っていくことは人権を守ることなんだ、という意識をしっかり広めていけたらと思っています。
※:2019年3月27日~11月15日に行われた「優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会」。
弁護団
浅野正富
(あさの・まさとみ)
1957年生まれ。栃木県小山市在住。早稲田大学法学部卒業。1988年弁護士登録。浅野正富法律事務所。宇都宮大学農学部非常勤講師。近著に『消された「種子法」』(かもがわ出版)。
印鑰智哉
(いんやく・ともや)
日本の種子(たね)を守る会アドバイザー。市民社会が抱える問題全般を追うが、特に遺伝子組み換えと食の問題を専門とする。映画『遺伝子組み換えルーレット』の翻訳監修を担当。
本記事は、TPP交渉差止・違憲訴訟の会が発行する『TPP新聞vol.12』より転載しました。
Text: Ayumi Uchiyanagi / Photo: Hirotomo Onodera