2015年9月7日(月)、TPP交渉差止・違憲訴訟の第1回口頭弁論期日が東京地方裁判所101法廷において行われました。雨天にも関わらず、裁判所には250名以上の方が集まり、98名の傍聴席は抽選で満席となりました。
8月22日、事前に裁判官と被告、原告の3者間で行われた進行協議で、原告側の訴訟代理人(弁護団)は原告の意見陳述を90分設けるよう要望していました。しかし裁判所は訴状の陳述も含めて30分で陳述を終わらせるようにとしたため、弁護団はやむを得ず、意見陳述を代表の原中勝征、副代表の池住義憲、参議院議員の山本太郎氏の3名に絞り、訴状の陳述も最小限に留めることにしました。
原中勝征は、陳述で「医師として50年働いてきた経験に照らし、TPP交渉によってもたらされようとしている日本の医療の変貌は、私にとってどうしても耐えられない」とし、混合診療の導入による健康保険制度の崩壊、薬価の米国並みの高騰、営利病院の解禁、地方における医療アクセスの悪化などの問題を指摘しました。その上で、「54年前に国民皆保険が成立して以降、いつでも、どこでも、誰でも受けられる我が国の医療制度は、『国民に開かれた国民を幸せにする医療制度』として発展してきた。ところが政府はTPP交渉を推進すると言って、単なる『サービス』、『ビジネス』のための市場に置き換えようとしている。この素晴らしい医療制度を次の世代に残すことができないことに、日々忸怩(じくじ)たる思いでいる。多くの心ある医療従事者たちも、私と同様、職業人としての人格権を傷つけられているはずだ」と述べました。
次に陳述した池住義憲は、36年間NGOで国際的活動に携わってきた経験から、「TPPは国内への被害だけでなく、途上国の人々の食料確保、生活環境、生物多様性などに影響を及ぼし、不安や苦痛、不利益、権利侵害を生じさせる」とし、先進国が途上国に与える「加害者性」について述べました。2009年にベトナムで出会ったハーさん(Mr. Ha)が「60年前、日本軍は軍事力で私たちの米を奪い、200万人が餓死した。今は当時と違うが、これからは、外国の経済力で私たちの食料が奪われないように私たちは注意しなければ」と話したことを紹介し、TPPは自由主義経済の究極点であり、強者、強国が経済力によって弱い国、弱い者を凌駕するものであることを強調しました。また、「私がNGOでやってきたことは国籍、民族を問わず、すべての人たちの命を育み続けることだった。TPPは、そうした私の『すべての人を個人として尊重し、人権を尊重する生き方』や、『すべての人たちの暮らしを脅かす加害者にならない』と誓った生き方、人生を否定する。私は他者の苦しみや不安、恐怖、欠乏、権利侵害に無関心でいられる人間ではない。他者の苦痛を自分の苦痛と感ずるもの。これは私の人格であり、権利だ」と述べました。さらに、「司法府は行政府の不法行為によって生じた私たちの権利侵害、不利益、及び精神的苦痛を救済する最後の砦。拘束されるのは唯一、日本国憲法だ。『法』と『良心』に基づいた公正な判決を下し、原告一人一人の権利侵害、精神的苦痛を救済してほしい」と求めました。
最後に陳述した山本太郎氏は、「TPPは国民の生活よりも大資本による自由な貿易を優先する。民主主義国家では許されない、国家権力と大資本による国際的な談合、カルテルだ」とした上で、TPP交渉の秘密保持契約について触れ、「重要な情報を秘密にしたまま国会に承認を求め、関連する国内法の改定を審議することは、国会の立法行為に関する白紙委任を求めることに等しい。国会を唯一の立法機関と定めている憲法41条に違反する」と指摘。「情報が国民に十分に提供されることが民主政治の大前提。国会議員に対してすら秘密とするのは、議会制民主主義の自殺行為だ」と述べました。またISDS条項についても触れ、「エクアドルで環境汚染を起こした米国企業に対して最高裁判所が損害賠償命令を下したのに対し、ISDSによってエクアドル政府には判決の執行を停止する義務があるとの仲裁判断が下りた。これが国家主権の侵害でなくして何なのか。我が国の司法権の将来のために、慎重かつ充実した審議をお願いしたい」と求めました。
続いて訴状を陳述した岩月浩二弁護団共同代表は、「憲法の大原則は基本的人権の尊重。ところがTPPは、国民の生命、健康より、国際的な経済主体の利益を尊重する。その交渉を目の前にして、私たちが生命を脅かされるのを予め防ぐ手立てがないのか、あるいはその違憲性をはっきりさせる、それがこの裁判の本質」と述べ、「最高裁は、『内心の平穏』も国家賠償法上の非侵害的利益となることを認めている。今日陳述した3人の内心の平穏が侵される、それが苦痛であるということが救済するに値しないのか、裁判所は違憲立法審査権に基づいて真摯に向き合っていただきたい」と求めました。
陳述後、裁判官から今後の裁判の進行について意見を求められ、訴訟代理人の辻恵弁護士は、実質の審理を充実させるためにも少なくとも30分の意見陳述を保障するよう求めましたが、被告側は「意見陳述は訴訟法上の位置づけがはっきりしないもの」として反対。これに対し辻恵弁護士は、「憲法82条で裁判の公開がうたわれている。それに基づいて、民事訴訟も直接主義、口頭主義を原則とすべき。また憲法32条で裁判を受ける権利が認められている。原告が何を求めているのか、具体的な被害の実態についてどう考えているのかということを明らかにするということは憲法上の権利だ。さらに言えば、ISDS条項について裁判所はどれだけご存知なのか。法令に基づく裁判所に司法権は帰属するという憲法76条の主旨が破壊される。裁判所自身が当事者であり、自分たちの権限の行使が制限を受ける問題。実質的な審理をしっかり行っていただくために、具体的に被害を被ってきた方々の声を直接聞いていただきたい」と強く求めました。
裁判長は左右陪席の裁判官と相談したうえで、意見陳述については「裁判所で検討する」として回答を避けましたが、「期日を2回とりたい」と切り出し、その場で被告、原告と協議。第2回期日を11月16日(月)14時半~(103法廷)、第3回期日を2月22日(月)14時半~(103法廷)に行うことを決定しました。当初、事前の進行協議では裁判長が「(訴訟が)年内続いていますかね」と述べるなど、裁判を早期に打ち切るような雰囲気を出していたことを踏まえれば、3人の口頭弁論と辻弁護士の熱弁に加え、傍聴席数を遥かに超える人々が集まったことが大きな力となったと言えます。
なお、第1回口頭弁論期日では、被告(日本国政府)側から訴状に対する答弁書も提出されており、請求の第1項(TPP交渉の差止)、第2項(TPP交渉違憲確認)はともに請求の特定や確認の利益を欠き、法律上の争訟に該当しないなどの理由で不適法であるとして却下を求めています。第3項(国家賠償)についても棄却を求めています。この答弁書に対し、原告側は第2回期日で反論する予定です。
閉廷後、弁護士会館で行われた報告集会には、傍聴できなかった方を含めて200名以上が集まりました。挨拶で幹事長の山田正彦は「座る席がないほど集まってくれるとは思わなかった。国民のみなさんの『TPPに対する不安』『何とかしなければ』という気持ちの表れだ。TPPが締結されれば、国内法をすべて変えなければならず、他の11カ国の同意がないと元に戻すこともできない。国の形が変わってしまう。安保も原発も大事だが、もっと根本的な問題だ」と訴えました。
代表の原中勝征は「今日私は、医療問題のことだけを陳述したが、TPPは国の主権から我々の生活まで、すべて日本らしくない国に変えられる危険性をはらんでいる。みなさんとともに、今生きている私たちが子どもや孫、子孫に、今のいい日本を残すためにTPPを阻止していこう」と呼びかけました。
副代表の池住義憲は、「被告側は1、2回の期日で終わらせるような姿勢で臨んだと思うが、辻弁護士の演説が功を奏して、2期日とることになった。まずまずのスタートを切れた。問題は2期日で終わらせないこと」と説明。意見陳述の重要性について、「法廷で直接、口頭で話をするというのが裁判の最も原点であり、権利だ。私たちは人格権の侵害で必死になって訴え始めた。内容も聞かずに一方的に制限するなんてとんでもない」と断じました。
原告で呼びかけ人の評論家・植草一秀氏は「米国の戦略は、日本市場を大きなターゲットとしている。TPPは日本から限りなく収奪する、米国の米国による米国のための制度だ。国民の利益ではなく、グローバルな強欲資本の利益を追求するものだということは明らか。私たち主権者が動いていかなければ。『誰かが変えてくれる』から『自分たちで変える』に変えなければいけない」と呼びかけました。
辻恵弁護士は、陳述の時間を30分以内に制限されたことについて、「『時間が過ぎています』と言いながらも、結果的には40分間陳述を通し、形式的な打ち切りを阻止できた。これは、門前集会でたくさんの人が集まり、250人もの方々がこの裁判に注目していただいたということが大きい。ここに集まったみなさんの力が実現させた」と話しました。
原告で呼びかけ人のアジア太平洋資料センター(PARC)事務局長・内田聖子氏は、「各国の市民社会では、TPPは利潤追求と人権の問題が真っ向から対立する課題として、運動が広がっている。まさにこの訴訟が訴えている主権の問題だ。一人一人が生きる闘いをするんだ、という問題として捉えたい。原告を最大限に広げるというのが、ここに集った私たちの仕事。原告を10倍の1万5千人に原告を増やそう」と締めくくりました。
▼TPP交渉差止・違憲訴訟 第1回口頭弁論期日(PDFファイル/32ページ)
法廷でのやりとり、報告集会の詳細を記載しています。
▼原告の意見陳述書(PDFファイル)
原中勝征 意見陳述書
池住義憲 意見陳述書
山本太郎 意見陳述書
▼被告(国)が提出した訴状に対する答弁書(PDFファイル)
被告(国)の答弁書