大変遅くなりましたが、2014年10月17日(金)衆議院第一議員会館「国際会議室」で行われたTPP阻止国民会議・TPPを慎重に考える会勉強会の報告です。FTA、TPPにおける、医療に対する数々の重大な問題点が指摘されています。
▼当日プレゼンテーションPDF
FTAとTPP、国民健康への災い―米韓FTA発効後2年6ヶ月後の現在
健康権実現のための保険医療団体連合 政策委員長 禹錫均(ウ・ソンギュン)
医療問題については、関心を持っていただくことが少ないのですが、米韓FTA交渉で国民的な反対運動が展開していくなか、韓国で最後まで問題になったのは、じつは医療分野でした。TPPは現在、12カ国が交渉を進めている状況ですが、恐らく近いうちに韓国も参加することになるのではないかと思います。
ご存知かと思いますが、アメリカはOECD諸国のなかで全国民医療保険制度がない唯一の国で、全国民の6分の1、5,400万人が医療保険の恩恵を被ることができない状況にあります。これは、アメリカの医療制度というのは政府が運営を担当するものではなく、医療企業が運営しているからです。
アメリカはOECD諸国のなかで最も多くの医療費を使っている国です。GDPの17%にも及ぶという、巨額の医療費を支出しています。しかし、そのうち政府が投入している医療費は全体の45%に過ぎず、OECD諸国のなかでは最下位の数字なのです。
ここで、自由貿易協定とは果たして何かと考えますと、アメリカ的な制度を他の国に移植をすることであると認識しています。単に関税を引き下げて商品の輸出入を有効にするような協定ではないと思います。また農業に限定される協定でもありません。これは、日本政府も韓国政府も訴えていることです。自由貿易協定のなかで「貿易障壁」といわれているものは、関税障壁ではなく、まさに非関税障壁が対象であるということです。
韓国や日本には存在するものの、アメリカには存在しないのが、まさにこの国民医療保険です。ですからアメリカの企業が収益を上げるためには、日本と韓国に存在する国民皆保険(健康保険)制度そのものが障壁のようなものなのです。
TPPのさまざまな分野を見ると、関税関連、商品関連は少ないことがわります。TPP協定の29章のうち、貿易を扱っているのは5章だけです。TPP交渉の分野というのは社会的政策そのものであると考えられます。例えば政府調達の問題を見てもそうです。例えば子どもたちに地元で収穫された農産物を食べさせたいと思ったときに、政府調達の分野においてTPP違反になる可能性があるということです。
国境なき医師団は、本来の義務である奉仕さえすればよいのに、なぜTPPに反対しているのでしょうか。これは薬の値段、薬価が大幅に上がるからです。薬の値段が上がってしまうと、これまで10人に与えられる薬の料金で、1人にしか薬を与えられなくなってしまうからです。また最近では、ローマ法皇もTPP反対を表明しました。
アメリカの薬価が高いというのはよく知られています。ニューヨークタイムス誌に掲載された記事によれば、喘息の吸入液として使われる薬「プルミコート」はアメリカで175ドルしますが、イギリスでは7ドル、韓国では12ドルに過ぎません。アメリカの薬価は、政府ではなく民間の保険会社と製薬会社が定めており、政府が薬価を決定する日本の国民皆保険制度は、貿易障壁とみなされます。
こうした背景には、世界の10大製薬会社のうちアメリカの製薬会社5社が占めている現状があります。フォーチュングローバル500企業のランキングのうち10社が製薬会社で、この10社の収益は、残りの490社の収益を全て足した金額よりも高いことがわかっています。このような巨大製薬会社が、TPPにおいて医薬品関連の協定や特許協定を左右する大きな存在であるといえます。
アメリカ商務省の報告書に示されたグラフには、国の薬価を抑える政策があった場合の薬の予想価格と、そのような薬価政策がない場合の予想価格が比較されています。なぜこのようなデータが掲載されたかというと、他の国々にある薬の値段に対する統制政策がなくならないと、アメリカからの輸出が増えないということを示すためです。
国連が最近発表した報告書でも、FTAによって薬価が上昇するだろうという予測が公式に発表されています。多くのFTAにTRIPS協定より強力な知的財産権の基準が要求されており(TRIPS-plus条項)、これを抑えるべきだと結論づけています。代表的なTRIPS-plus条項には、許可-特許連携、薬価決定プロセスの民営化、データ独占期間の延長という問題があります。
一言で言えば、「エバーグリーニング」という言葉が、恐らくこの問題をよく表しています。例えば、頭痛に効く薬があるとして、この頭痛薬として20年間の特許を得たケースがあるとします。頭痛薬として特許を申請したものの、この特許期間が終了する直前に、歯の痛みに効くという、少しだけ効用を変えた特許申請をするとします。すると、それだけでさらに20年、特許期間が延長されることになります。これがいわゆる「用法特許」と呼ばれるものです。さらに歯の痛みに効く薬としての特許期間が終了する直前に、今度はこれまで錠剤だったのを粉薬として特許延長の申請を行うことができるのです。これがいわゆる「製法特許」になります。これがまさにTPPであります。
ニュージーランドの公衆衛生学会が出した資料では、TPPが締結された場合に、薬の値段が現在よりも高騰していくことが示されています。2005年に締結された米豪FTAでは、その締結から3年後に薬価が変更になりましたが、値段が下がらない薬があります。これは、いわゆる革新的新薬として指定された薬で、値段は下がりません。
しかし、TPPは薬の値段に限られた話ではありません。さらに深刻なのは、診断方法や治療方法、さらには手術方法にまで特許を付与するという問題です。これはアメリカにのみ存在する制度ですが、こうなると国民は、医療費の負担だけでなく特許費用まで払わなくてはならなくなります。
これについて、アメリカ政府も日本政府も、医療についてはTPPの例外であると主張してきました。しかし医療費の中には、診療費もあれば薬のコストもありますし、医療機器の費用もあります。医薬品や医療機器の知的財産権の強化は、薬価や診療費を引き上げさせます。政府の価格決定権も弱体かさせようとしています。韓米FTAの中では、医薬品と医療機器は別途のチャプターに入っていました。ですから、TPPにおいて医療が例外であるというのは、まさに嘘であるということができます。
また、ISD条項という問題がありますが、いくつか例を上げましょう。一つ目は、カナダ政府とエチル社の例です。カナダ政府は、マンガンを含むガソリン添加剤を禁止しました。その理由は子どもたちの知能の低下という問題です。これに対してエチル社は、ISD条項でカナダ政府を提訴しました。カナダ政府は立証責任を負うことになりましたが、マンガンを含むガソリン添加剤に20年間子どもに被曝をさせて立証させるということは現実的にできませんでした。結局、カナダ政府は巨額の賠償を行い、マンガンを含むガソリン添加剤を再許可することになりました。
もう一つは、メキシコ政府とメタルクラッド社の例です。メタルクラッド社は、アメリカの産業廃棄物をメキシコに埋め立てる事業を行っている企業です。その埋立地の周辺に住む子どもたちに、様々な病気が発症するようになりました。これを受けてメキシコ政府は同社の契約を破棄してグリーンベルトとして指定しました。これに対してメタルクラッド社は企業の利益を侵害する行為だとしてメキシコ政府を提訴し、メキシコ政府は敗北する結果となりました。巨額の賠償を行い、埋め立てを再許可することになりました。
オーストラリアでは禁煙を促す政策で、販売されているタバコ全体の80%のパッケージに対して警告のフレーズを入れるように指示しました。さらに、パッケージ上の広告を禁じ、会社のロゴも表示禁止にし、タバコの名称や文字のフォントはすべて同じにさせました。この政策に対して、アメリカのフィリップモリス社は商標権の侵害であるとしてISD条項で提訴しました。一国の禁煙政策というのは、最も重要な健康政策であるはずですが、TPPによって健康は例外であるというのは話にならないと思います。
これだけでなく、最近はISDが乱用されている傾向にあります。カナダ政府が子ども向けてんかん薬であるストラテラの特許を無効にする判決を出しました。これは2つの側面から重要で、1つ目のポイントはアメリカの製薬会社が他国の裁判所が出した結果に対してもISD提訴を行うことができるということ。2つ目は、特許に関しての初めてISD提訴であるということです。
また、アメリカのセンチュリオン社という医療複合企業がカナダの連邦保険法を対象にしてISD提訴を行いました。カナダ政府の主張では、政府が決めた金額以外は患者から料金を受け取ってはいけないという政策を定めているのですが、これについて提訴を行ったというのは、一国の医療制度そのものが提訴の対象になりうるのだということを示しています。
TPPの毒素条項の一つに、ラチェット条項というものがあります。この条項は、現政権が規制緩和を一旦してしまいますと、次の政権がいくら元に戻そうとしても後戻りできないという制度です。またTPPの中には、国営企業の商業的運営規定というものがあります。ここで国営企業というのは、広く見れば農協も含まれると思います。例えば国からの補助金を受けたり、税制上の優遇を受けることもできなくなります。さらにもう一つの毒素条項に、ネガティブリストというものがあります。FTAやTPPの中に含まれないものは、すべて認めるという条項です。そして最後に、ISD条項というものがあるのです。
このグラフのように、ISD関連の事件が急速に増えています。これに対し、韓国政府も日本政府も、ISDに提訴しても企業が勝訴する割合は30%に過ぎないと主張しています。しかし、この中には政府と企業が合意をもって解決するという事案もあります。これも含めれば90%に上ると考えられます。
韓米FTAの例を一つ挙げます。これは韓米FTAの中で保険・医療サービスは例外であると規定した内容です。ここで注目すべきは関連義務という項目です。関連義務に含まれた項目ではなく、ここに入っていない項目のほうが重要です。まず最小待遇基準、そしてもう一つ重要なのが収容及び保障という項目が抜けています。問題なのは、ここで抜けている収容及び保障、最小待遇基準というのは例外ではないということです。しかし、この抜けている2つの項目を理由にしたISD提訴が9割を占めています。ネガティブリストというのは、まさにこういうことを意味します。例外とは規定しているものの、ここに記載されていない項目は、例外の例外となってしまうのです。
さらに例外の例外といえるものがあります。指定された経済自由区域と済州島、この2つの区域における遠隔医療サービスは例外となっています。韓国における経済自由区域の指定は最初3箇所に過ぎなかったのが、この地図では6箇所、さらに現在は8箇所に増えました。アメリカの商務省のホームページの広報ページでは、韓国の経済自由区域のなかでは病院は自由に収益活動ができるとPRしています。
また民間医療保険を規制できなくなるというのも大きな問題です。「当事国が金融機関に新金融サービス供給のための認可の取得を要求する場合、その当事国は合理的期間内にその認可の発効可否を決め、その認可は健全性の理由でのみ拒否されることができる」と書かれています。この文章は、誰が読んでも意味がわかりません。この難解な文章の本当の意味を国民に理解することは重要です。一言で要約しますと、「アメリカで認められる民間医療保険は韓国でも認められる」ということだそうです。「健全性の理由でのみ拒否されることができる」とは、保険商品がつぶれる可能性がなければすべて認められるということ。つまりこれは「すべて認める」ということです。
こうした問題を総合して見て行きますと、FTA締結というのは、締結国の社会保障制度全体を脅かす恐れがあると考えられるのです。
アメリカはFTAやTPPを締結する際に、常に先決条件というものを提示してきます。韓国に対しては4つの先決条件を提示しました。米国産牛肉の輸入、新しい薬価制度の禁止、自動車消費税の引き下げ、スクリーン・クォーターを半分に縮小するという条件です。日本に対しても同じような前提条件を突きつけました。しかしアメリカ産牛肉については依然としてBSEの危険性が存在しています。また自動車税の引き下げという要求は、排気ガス規制を撤廃するということを意味します。韓国の農業分野における信用事業と経済事業の分離も先決条件のひとつでした。
原発ゼロ政策にも影響を及ぼします。実際ドイツが2020年までに原発をゼロにするという政策を発表した際に、スウェーデン企業のバッテンフォール社がドイツ政府に対し、ISD条項で要求するという事案がありました。これは30年という期間契約しているにも関わらず、わずか10年で契約終了するというのは、契約違反で損害を被る可能性があるので損害額を賠償してほしいということです。
現在韓国は、韓米FTAを締結して2年6ヶ月が経ちました。とくに2年が過ぎてから最近の6ヶ月で多くの民営化プロセスが進みました。2013年12月に本格的にスタートしています。現在韓国においても日本においても、医療法人は非営利法人としてしか認められていませんが、韓国では第4次投資計画によって営利子会社が認められるようになりました。さらに病院間の買収合併も許可に向かって進んでいます。また薬局におきましても法人化を進めています。
今年8月の投資計画では、大学病院についても営利子会社設立を認めるという措置がとられました。これは大学病院の医療技術持ち株会社を認めるという措置です。さらに経済自由区域における営利病院の規制を大幅に緩和しました。このような政策措置は朴槿恵(パク・クネ)政権による措置ですが、問題なのは一旦こうした措置がとられると後戻りができなくなるということです。
他にもたくさんのこうした措置があるのですが、非常に大きな問題になっているのが、病気に関する個人情報に民間企業がアクセスできるようにするという法律化が進んでいることです。病気に関する個人情報の活用は、遠隔医療においてサムスンという大企業が乗り出しているという背景があります。遠隔医療というのは、韓米FTAにおいて例外の例外となっています。
アメリカのTPPやFTAが他国の国民の健康にどのような影響を及ぼしているのかというのを見れば、それは米国の医療制度を他国に移植することにほかなりません。結果として政府の統制力が弱まったり、医療費の高騰を招いたり、医療関係の専門職の自立性が弱体化したりする懸念があります。結局、医療保険制度のアメリカ化、すなわち医療の民営化が進むのです。
じつは韓国で繰り広げられている韓米FTAの反対運動の写真を持ってきました。韓米FTAの交渉を始めたころ、聴聞会の周辺を農民団体が占拠した集会です。韓米FTAに反対する医療分野の記者会見の様子です。これは韓米FTA阻止国民本部の写真です。さまざまな分野のなかで、一つの分野にしぼっての運動というのが重要であったと思います。
右側の写真はマイクを握っている方の隣がアンソンギという方、日本でいう高倉健さんのような有名な俳優です。韓国では映画関係者がFTAに反対する運動に多く参加しています。その隣にいるのが私たちの団体の代表です。こちらは韓米FTAが国民の生命を脅かすというプラカードを持った写真です。こちらはマスクをかぶってデモを進行しましたので、警察とも衝突しましたし、それに対応する暴力診療団という組織も参加しました。
FTAに参加するためには交渉団が外国に行くのを阻止するために空港で反対デモまで行いました。こちらは医科大学の学生によるデモです。さらに、さまざまな対策委員会が組織されました。マスコミ対策委員会も組織されました。マスコミ関連では、ちゃんと報道するように促す役割を果たしてくれました。こちらは専門家諮問委員会の様子です。大きな大会なども開催しましたし、私たちのキャッチコピーは「韓国の国民の健康を破壊する韓米FTAに反対する」です。
最後に、2008年に韓米FTA阻止、BSE輸入牛肉反対のデモです。このデモの中心は女子中学生、高校生でした。「私たちの食卓は交渉対象ではない」という主張です。100万人規模のデモになりました。ベビーカー部隊というママさんの部隊。子どもたちが掲げているのは、「私たちの未来を取引しないでください」というメッセージでした。